彼氏は日本人。彼女はフランス人。

日本人とフランス人の国際カップルの記録

引き算がクソ難しい

昨日、ある人類がフラれたということで、酒宴に招かれました。
その人類は、友人だったからです。

そこで、恋愛の問題に取り組むことになりました。

結論として、引き算がクソ難しい、という考えが自分の中で生まれたので、書きます。
*1

歴史

ある人類には、好きな人類がいます。
仮に人類A、人類Bとします。
ここでいきなり人類の難しさがあります。
人類Aによると、人類Bのことを「好き」ではないかもしれないそうです。
定義が崩れます。

この気持ちは「好き」とか「恋愛感情」とかじゃないかもしれない。
セックスしたいというより手を繋ぎたいとか会いたいとかの方が強いから。

どうやら人類Aは、人類Bへの感情をどう認識すればよいのか分からないようです。
人類Aに分かるのは、人類Bとの関係を大切にしたいということだけ。
僕は思いました。
「人類Aの感情は、性欲の混入率が低く、純度の高い恋愛感情だろう」
そして、思いました。
「人類Aは、人類Bのことが好きなのだ」
*2

定義が維持されたので、問題の続きが開示されます。

また定期的に会ってくれる?と聞いたら、浮かない返事だった。

人類Aは、定期的に人類Bと会うこと提案し、拒否されたそうです。

ただ会いたいだけなのに。
どうしたらいい?

人類Aは、人類Bの内心を尊重したいと考えています。
そうすると人類Aは、人類Bに会えない。
けれども人類Aは、人類Bに会いたい。
それが問題のようでした。

問題

問題を聞いた僕は、
もう少し人類Bの内心を詳しく確認するべきだと思いました。
その内心としては、いくつもの可能性があるだろうと思ったからです。
1:定期的に会うという決め事に縛られるのが嫌なだけで、実態としては頻繁に会っても構わない
2:頻繁に会うというのは望まないけれど、たまに気が向いたときに会うというのなら構わない
3:たまに会うというのも望まない、できれば顔も見たくない
けれども、人類Bの内心が1-3のどれか、人類Aには推測できないようでした。

私のこと、嫌いなのかな?

話を聞いていた僕にも、それは判別できませんでした。
もし顔も見たくないほど嫌われているのだとしても、そうと分かってから会わないようにすれば良いだけで、
ひとまず人類Aとしては、人類Bの内心が1か2であると想定して行動を考えるのが良さそうでした。

そうして人類Aの意思を再確認してみました。
人類Aとしては、人類Bも人類Aに定期的に会いたいと思ってくれるのが理想状態のようです。
これはさすがに恋愛相談でした。

結論と引き算

結論として、人類Aが人類Bと次に会う機会があったときの対応で、
「また人類Aと会いたいな」と好感情を思ってもらえるようにするのが良さそうでした。
その好感情を積み重ねた未来が、可能性です。

私、可能性に賭けてもう少しがんばってみるよ!

けれども人類Aが人類Bのために「がんばる」のは逆効果になる可能性が強く、あまりお勧めできませんでした。
現在、人類Aと人類Bの間に温度差があることには間違いがないからです。
そのため人類Aは、自身の「会いたい」ひいては「相手のために何かしたい」という気持ちと行動を抑える必要があるように思えました。

え。がんばらない方が良いってなに?

人類Bにとって、人類Aとの温度差は圧力差です。
もし人類Aが自身の温度そのままに人類Bに接していれば、
それが人類Bを喜ばせようとがんばったことであったとしても、
人類Bはプレッシャー(圧力)を感じてしまうことになり、
そのプレッシャーはたちまちのうちにストレスとなり、
やがてそのストレスは人類Aへの悪感情へと変貌して人類Bの内心にこびりついてしまいます。

がんばるという足し算をすることでは、今の相手とはイコールにならない。
仮に、足し算で高まりあった人類同士がイコールになる状態を目指したいという気持ちがあったのだとしても、
いまは自分の気持ちや行動に引き算をすることで相手とイーブンになることを目指した方がよい。
ある程度は自分の温度を下げて、相手の温度に合わせないといけないと思いました。

押すだけじゃなく引けみたいな、そんな駆け引きとか、難しすぎるよ

これは駆け引きではなく、相手に合わせることなんだと僕は思いました。
いずれにせよ人類Aは、人類にしては優しい心を持っているように見えるので、
良い学びがあるように思えました。

上記のような流れがあったりなかったりしたわけですが、
実在の会話の中で人類Aが「ためになった」と実際に言ってくれたことが事実としてあり、
それは僕にとってすごく喜ばしいことでした。
人類Aには、良い日々を送ってほしいものです。

昨日のことと今日のこと

昨日の恋愛相談を受けているときのことです。
牛乳石鹸のCMのあれこれについて、僕にも言いたいことあるなあと思って、
偉そうに人類Aの相談に乗りながら、うにょうにょと文章を書いていました。

今日、その文章をこのブログの記事として公開しようとして、記事公開の前にちょっとチェックするかと思って読み返したのですが、8000字もあって長い上にクソつまらなくて、自分でも読む気が失せるという事態に陥りました。

あんだけ偉そうに「相手の温度感に合わせて引き算するのも大事」みたいなことを言っていた昨日の僕ですが、そう言いながら横で書いてた記事がぜんぜん引き算できてなくて読む人の温度感を無視していることを実感したわけです。
牛乳石鹸のCMあれこれについて8000字も読みたいと思う人なんかどこにいるんだよと。
「牛乳石鹸のCMについて、ぼく個人的には「ああ良かったね」という甚だ花花しい感想を持ったのだが」で始まる文章の温度感なんなんだよ!と。

他の人類と向き合うときに、
引き算が必要な場合というのがあると思うのだけれど、
やっぱクソ難しいわ、という結論に達しました。

*3

*1:なお、現実に悪影響を及ぼしたくないので、一部にフィクションを交えて書いています。

*2:けれども、そう思ったことを人類Aに告げることはしませんでした。 これまで僕が見たいくつかの恋愛感情には、 それに「恋」という名前を与えた途端にどんどん膨らんで純度が高くなる、 という事例が観測されていたからです。 ある種の恋愛感情は、自然発酵して純度を高める性質を持っているように思えます。 そして純度の高い恋愛感情は、しばしば人類を酩酊させ正常な判断を失わせます。 けれども人類にとって、恋愛感情に含まれる性欲の度数を見積もり、 自身の酩酊状態を推し量ることは容易ではありません。 そのため、僕は人類Aの感情に対して「君は恋しているんだね」と告げることを差し控えたのです。

*3:なお昨日の酒宴は、光放つディルドーが宙を舞い、やがて天に突き刺さる、という健全なものでした。

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