フランス女性と同棲中

ナンパしたフランス人と同棲する高卒ニートの整理と極論

ココロのカタチ


ひきつづき、むかしfacebookに書いた記事を移転します。

2013年1月7日

あけましておめでとうございます。

たまねぎ

20歳のころ、「心はたまねぎみたいだ」と思っていました。

どこかにある本当のココロを探して、
心の裏や心の奥に辿り着くために皮を剥いていくと、
心の皮を剥く人や剥かれる人から涙が出てくる。
それでも剥き続けると、最後には何も残らない。
だから一、二枚の皮を剥くくらいがちょうど良い。
一、二枚の皮を剥いてもらうくらいがちょうど良い。

ルービックキューブ

25歳のころ、「心はルービックキューブみたいだ」と改めました。

視点によって見え方が変わる。
視点を固定しても、カシャカシャと部分が入れ替わる。
やっと見えた一面の中には、
いくつもの色が混在したモザイク状になっていることが普通で、
絵が揃う(単一の気持ちが強く発現する)なんて状況は、
人為的に作り出さない限りほぼ存在しない。
そもそも、心の全ての面を一時に認識することは不可能だ。
6面54ピースのうち、半分すら見ることは出来ない。

認識の変化

どちらも、
「本当のココロ」を仮定するのはミスリードだ
とする点は共通するものの、
自分としては大きな変化があったと思っています。

それは、たまねぎモデルに含まれる「皮の外ー内」という構造、
つまり「心の外ー内」という階層構造もミスリードだと気づいたこと。

そこは要素の序列をフラット化すべきだな、と。
相手や状況によって、優先順位が、価値が、行動が、カシャカシャと入れ替わる。
そういう相反する複数の小さなキモチの集合体として、
今年もやっていきたいと思います。

そろそろ30歳。
自己認識・他者認識のために採用しているモデルも古くなってきたので、
なにか別の良いモデルがあればお教えください。(^^)/

追記

1年以上前の記事ですが、30歳を超えて、あまり進歩してない;
まあ、いっか。基礎的な認識は、そうそう変わるもんじゃないし。
そのうち、ルービックキューブの比喩を詳しく説明する記事を書きます。

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