彼氏は日本人。彼女はフランス人。

日本人とフランス人の国際カップルの記録

僕のコンプレックス。情熱と冷静


誰にでもあるように、僕にもコンプレックスがある。
これは、そのコンプレックスにまつわる、とても個人的な話だ。
けれども、
「誰かに何かを教える人や、誰かに何かを伝える人」
にとって、
いつも考えるべきことが含まれる話だと思うので、
ここに書く。

僕の中学時代とコンプレックス

僕のコンプレックスは、いくつかの事件や記憶が折り重なって形成されている。ここで書くのは、3人の先生についての中学時代の記憶だ。

僕の通っていた中学校は、荒れていた。

荒れていたといっても、生徒同士での喧嘩が多かったわけじゃない。むしろ、生徒同士はけっこう仲が良かった。生徒数は100人あまりしかおらず、ほぼ「小中一貫」のような学校だったからだ。小道を隔てて小学校が隣接しており、そこで6年を共にした児童が、そのまま隣の中学校に進学する地域だった。生徒はみんな幼馴染で、小学校と中学校の違いといえば、私立中学を受験した2人が減り、引っ越してきた新しい子が1人増える、という程度のものだった。

みんな平和に楽しく小学校を卒業し、このまま平和に過ごしていくのだろうな、と僕は呑気に思っていた。けれども、それは違った。中学校に上がると、みんなは徐々に授業を聞かなくなり、「帰れ!」コールで先生を辞めさせるようになっていったからだ。

僕の学年では、1人の数学教師を辞めさせた。少し高圧的なところがある女性教師で、その権力的な物言いが、思春期の生徒の鼻についたのだ。そうして、別の先生が、代わりに数学を担当することになった。僕のコンプレックスを形成する1つめの記憶は、その先生についてだ。

背景、中学1年

その学校は、中小企業が多い大阪の中でも、特に下請工場が多い地域にあった。当時、学校の西側には田んぼや畑もあったけれど、南側には多くの町工場が立ち並び、北側にはとても古い府営住宅、東側には少し古い府営団地があった。その地域をひとことで言えば、「裕福ではない人が多い地域」だった。

僕が生まれたのは一億総中流のバブル時代のハズだけれど、自分の身の周りを思い出す限り、とてもそんな風には感じられない。ただの「貧困」が隣にあるだけで、お金がたくさんあるなんて風情は周りのどこにもなかった。

だから、昔ながらの大きな家に住んでいる地主の娘と、僕の親友でもあった府営団地に住む男の子、その2人が私立中学へ行った以外には、みんなそのままに地元の公立中学校に進んだのだ。

けれども、思春期と貧困(とセットになる家庭不安)が交差する中、中学校に上がった僕らの中で、徐々に変化があらわれた。まず、椅子から立ち上がって先生を挑発し、教室を抜け出す生徒が現れた。

その1人であるA君は、スポーツが出来てやんちゃなタイプだった。貧しい母子家庭で育ったことが影響しているのか、少し不安定なところのある子だった。小学校時代に同じクラスになったことはなかったけれど、僕はA君とリレー選手の代表の座を争ったことがあるせいで、ちょっとした敵対関係にあった。

たしかにつまらない授業だった。けれど、「生徒は椅子に座って先生の授業をちゃんと聞いていなくてはいけない」と杓子定規に思った僕は、「やめたほうがいいよ」とA君に言った。

A君はこちらを向いて、顎を突き出して威嚇する表情を見せた。そして首を縦にくいくい振りながら、廊下側の僕の席まで歩いてきた。不良の威嚇って鳩みたいで面白いな、と今の僕なら思う。けれど、当時は違った。

授業中なので、喧嘩はできない。もし殴り合いになれば、こちらも悪者になってしまう。でも、向こうはいつ殴ってくるか分からない。先生は何をしてるんだろう、早くA君を止めに来てくれないか。喧嘩は嫌いだし、殴られたくないし、そして何より、「怖い」。僕はそう思っていたけれど、先生は教壇の上から注意する声をかけるだけで、真剣さは感じられなかった。

僕とA君の睨み合いは牽制だけで終わり、A君はそのまま廊下へ飛び出した。

それからというもの、A君はよく僕にちょっかいを出してくるようになった。汚い言葉でからかい、物を投げ、隙をみては殴ろうとしてきた。それらは授業中の至る場面で起こった。あるいは、A君が教室を抜け出そうとする間際に、廊下近くの僕のアタマを叩き、そしてふらっと教室に戻るついでに、僕の椅子を後ろから引いた。もちろん全ての授業でそうだったわけではなく、授業力と管理力が弱い先生のときに、A君は行動を起こした。

向こうもこちらを警戒しているのか、僕が反撃する姿勢を見せると彼はその場を離れた。だから実際に殴り合いの喧嘩になることはなかったけれど、そういう小さなイザコザがいつも起きていた。そして先生は、ほぼ無力だった。

そのせいで、僕は不安な毎日を送ることになった。いつA君が殴りかかってくるかも分からない状態で、まともに授業を受けられるだろうか? けれども多くの先生は、授業中にちょっかいをかけてくるA君を本気で止めてはくれなかった。A君が教室を抜け出すと、ときどきA君をつかまえるために先生も教室を離れたくらいだ。そうして先生が離れた時間は、プチ自習の時間になった。もちろん、誰もマジメに自習などしない。ただ、おしゃべりをする時間になっただけだ。

これと同じようなことは他のクラスでも起きていて、だいたい1クラスに1人、教室を抜け出しては先生と追いかけっこに興じる生徒が現れていた。

マエガミ、中学2年

2年生になると、僕はA君とは違うクラスになったので、いつ殴りかかられるか分からないという不安は少なくなった。けれども既に、「授業中におしゃべりをするのは当然だ」と多くの生徒が考える雰囲気になっていた。そりゃそうだ。先生が、たった数人の生徒と追いかけっこしている間、僕らはおしゃべりする以外になかったのだ。そのようにして授業進度は遅れ、理解度が浅いままに次の単元へと進まされた生徒は「授業が分からない」ようになり、そのせいで自習以外の授業中でもおしゃべりすることが増えたのだ。

そこには悪循環しかなかった。

人間は環境に適応する。そうして僕も、おしゃべりをするうちの1人になった。

中学2年のあいだはずっと、「授業中は静かにしなさい」と叱責する先生と、つまらない授業を受けるよりはおしゃべりしていたい生徒との間で、綱引きが繰り広げられていた。
その犠牲になったのが、数学教師だった。眼鏡をかけた天然パーマの女性教師で、権力をかさにきた高圧的な口調が生徒から嫌われていた。

詳しい経緯は覚えていない。僕が覚えているのは、クラス全員から「帰れ!」というコールを受けた彼女が、敵意と失意に目を剥き、顔を真っ赤にして涙を流していた姿だけだ。そんな大人の顔を見たのは初めてのことで、たしかに気に入らない先生だったけれど可哀想だと思い胸を痛めたことを覚えている。なぜなら僕も、帰れ!と叫んだひとりだったからだ。

けれども人間は、自分が傷つけたことよりも、自分が傷つけられたことの方をよく覚えているものだ。彼女を転校に追い込んだ細かな経緯は覚えていないが、その後釜になったマエガミと呼ばれる数学教師に受けた仕打ちを、僕はよく覚えている。

マエガミは、生徒との駆け引きが上手かった。よく前髪をかきわける仕種をする先生で、そのことを生徒にからかわれてもいたが、自身でそのことをネタにする強かさを持っていた。生徒の反抗を受け流しつつも、ときに厳しく説教するようなタイプだった。

マエガミは、授業中におしゃべりをする僕らを注意し、教室を抜け出す連中との追いかけっこに興じた。それがいつもの光景だった。

けれども1度、マエガミが明らかにいつもより真剣に、大きな声で叱責したことがあった。その相手こそが、僕だった。
そのときマエガミは、僕の机を蹴とばしながら叫んだ。
「お前がしゃべるな!!! 他の人間はいい、でも、お前はしゃべるな!!」
腹に机がめり込んで、僕は「うっ」と息を詰まらせた。その蹴りは、教室を抜け出す生徒にも暴力をふるわない彼が、初めて見せた暴力性だった。

マエガミの主張はこうだった。
おしゃべりをしている人間のうち、僕は成績が良いし、学習内容もよく理解している、けれども他の人間はそうではない、僕のおしゃべりは他の人間の学習機会を奪っている、、、etc.

信じられなかった。むしろ僕は、1年のときから「みんなマジメに授業を受けよう」派に属していた。けれども、多くの先生がクラス運営や授業運営に失敗する中で、「環境に適応しておしゃべりをするようになった」だけだった。僕が積極的に授業の邪魔をするつもりなんて一切ない。

それに、本当に怒られないといけないのは、まずは教室を抜け出すような連中だし、次に、おしゃべりをする連中の中でも「学習塾に行っていて授業内容を既に知っている」生徒のハズだと僕は思った。たしかに僕の成績は学年で1番だったけれど、僕は学習塾には行っていない。みんなと平等にクソつまらない授業を受けて、たまたま自分の性質が「学校で習う科目やテストに相性が良かった」だけだ。それは本当に、「たまたま」のことでしかない。

でも、僕は何も言い返せなかった。その不公平な仕打ちにあまりにも驚いて、あまりにも悔しかったからだ。

マエガミは、良い先生だった。教えることに熱意があって、教わる生徒のことを考えていて、その扱いも上手かった。僕は今でも、マエガミは良い先生だと思っているし、心の中に「好感」と呼ぶべき感情を持ち合わせている。けれども、僕はそのような「生徒のことを思いやる良い先生」が、ときに「自分が対象にしていない生徒」に対して排除性・暴力性を持つことを、身をもって知ったのだ。

ジャミラ、中学3年

「生徒のため」を思う「良い先生」は、ときに恐ろしい。

その思いは、ジャミラとの事件で決定的になった。ジャミラは国語教師で、女性ながらパワフルな身体つきをしていた。その怪獣さながらの姿から「ジャミラ」と生徒からあだ名されていたのだが、そのあだ名を半分は認めながらも半分は説教するという駆け引きに長けていた。彼女も荒れた学校での生徒の扱いに慣れていたのだ。このあたりもマエガミとよく似ていた。

僕とジャミラの間の事件は、中学3年のときに起きた。

その事件を話す前に、僕の受験事情について説明しておかなければならない。

ポマード、受験

僕は中学3年になった当初、「高校に行くかどうか、まだ分からない。自分が何をしたいのかも分からないのに決められない」と言っていた。これに業を煮やした父親は、ある塾の公開テストを受けてみることを提案した。学内順位でずっと1番だった僕に、彼はとても上手い言葉をかけた。
「お前の通う学校の1番は、他の学校の真ん中だとみんな言っている。いちど試してみないか」
たしかに、そのような噂を聞いたことがある。僕の通う学校はバカで、他校と比べて成績が悪いのだそうだ。たしかに荒れてはいたけれど、僕は自分の学校が好きだったし誇りを持っていたので、「そんなハズはない、他校に負けたくない」という思いで、その塾の公開テストを受けた。

テストの結果、僕の偏差値は50を下回っていた。その塾が「地域の進学校を目指す生徒が多く在籍する、比較的レベルの高い塾」だったこともあるけれど、僕はとてもショックだった。そうして、中学3年の夏休みを前にした時期、僕は塾に通い始めることにした。

塾に通い始めると、塾内での僕の成績は急激に上昇した。毎月、偏差値が5ずつ上がっていき、そして半年後、受験を直前に控えた12月には、地域の進学校だと何もしなくても合格できるくらいの成績になっていた。これを見た僕の父親は、また提案した。
「ぜんぶ合格できる状態というのもつまらないし、いちばん難しそうな私立の学校も受験してみるか?」

それもそうだと思った僕は、冬休みを前にした塾の面談で、ポマードをたっぷりつけたオールバックの教室長に言った。
「親とも相談して、私立はここを受けようと思うんですけど…」
ポマードの教室長は、とても良い先生だった。授業はとても分かりやすかったし、そのおかげで僕の成績はすごく伸びた。そして、よく褒めてくれた。だから、この志望校変更もきっと応援してくれるだろうと僕は思っていた。けれども、彼の口から出たのは、予想もしていない言葉だった。
「いや、それは止めた方が良い。絶対にムリだ。絶対に。その学校は、何年も前から塾に通って準備してやっと合格できるような学校だ。受験まで2ヶ月もないこの時期から勉強を始めても、絶対に間に合わない。公立高校とは違うんだ」
「…」
「その学校はね、中学受験で合格できなかった子が、リベンジしようと中学1年からそのための勉強をしつづけて、それでも合格できるか分からないような学校なんだ。うちの塾でもそれら難関私立高校を目指す子のための特別クラスがあるけれど、そのクラスでは中学2年生で、中学3年までのカリキュラムをすべて終えている。そして中学3年のあいだは、高校で学習する内容や、難関私立のための特別演習を行っている。それでも合格できるかどうかは分からないんだ。今からなんて、絶対にムリ。もし今から勉強を始めた君が合格できたなら、私は君のことを天才と呼んであげてもいい。とにかく、その学校だけは絶対にムリだ」

彼は塾での授業中、教室のみんなが聞いている前でも、そのことを話した。「志望校を決める際の注意点」を他の子に言い聞かせるようにして。受験事情をまったく知らずに愚かなことを言ったのだと思って、僕はとても恥ずかしい気持ちになった。けれど、自分の中には別の感情も湧いてきていた。

僕は家に帰り、親と相談した。
僕は、絶対にその学校に合格したいという気持ちになっていた。中学1年から塾に通う子しか合格できないなんて、不公平だ。そんなのは嘘だと証明したかった。荒れた学校に通っている子にはチャンスがないなんて、塾に通っていなかった子にはチャンスがないなんて、そんな世界は間違っていると思った。

僕の学校に通う友達の多くは、塾にも行けない経済状態だった。不良になった子の多くが、そういった苦しい経済状態の家庭で育った子だ。そもそも中学1年から塾に行っていた子なんて、僕の学校にはほとんどいない。

僕は、塾に行けない多くの友達の代表として、戦うつもりだった。「絶対に無理だ」と言われたことは恐ろしかったけれど、やってみるべきだと思った。

そのあと、父親とポマードが相談したらしい。冬休みの講習会から、僕はその塾の本部にある特別クラスで授業を受けることになった。例の特別クラスに、「特例として」入れてもらえることになったのだ。ポマードの計らいらしかった。

そうして冬休み、電車で30分もかけて本部に行くと、かなり役職の高そうな特別クラスの先生が来て、こう言った。
「本来なら、このクラスは通常クラスよりも授業料が高い。でも、時期も時期だし、通常クラスの授業料で受けさせてあげる。このことは内緒だから、他の誰にも言ってはいけないぞ」
僕は、こう推測した。
この塾が特別クラスを開設したのは最近らしく、どうやら僕の学年は2年目らしい。そして前年度の合格実績は散々なもので、今年の特別クラスの「合格実績」をどうしても上げたい。だから、僕のような例外も受け入れることにした。けれど、そのせいで「特別クラスの合格率」を下げたくない。どう考えても、僕が合格できる可能性は低い。だから、僕を「通常クラスに在籍する」扱いにしたいのだろう。合格すれば実績に追加し、不合格であれば母数に入れない。そのための「通常クラスでの授業料」なのだろう。

いいさ、なんでも構わない。僕は、ただ証明したいだけだ。

自分自身の能力を。
荒れた学校からでも、どんな高校にだって入れるということを。
塾に通い続ける経済力がない家庭で生まれた人間にも、チャンスがあるということを。

ジャミラと耳栓

そうして冬休みが終わり、中学3年の3学期が始まった。
ジャミラとの事件はそのときに起きた。

タバコを吸い、友達から金品を巻き上げ、教室を抜け出し、さんざん学校を荒らしていた連中も、この時期になると「受験勉強」を始めていた。不良だった連中は、マエガミやジャミラの説教に耳を傾け、よく慕うようになっていた。ジャミラやマエガミにとっても、学校での授業にもっとも熱が入ってきた時期だった。

それが僕には邪魔だった。

受験を1ヶ月後に控えているにも関わらず、基礎の復習に力を入れた学校の授業。無駄ではないのだろうけれど、僕が合格するためにやらなければいけない勉強とは、全くレベルが違っていたのだ。

ある日、僕は耳栓を買った。
初めての受験で、精神的に追い詰められていたこともある。その前日、初めて解いてみたその学校の過去問で、合格まで50点も足りなかったのだ。「絶対に無理だ」ポマードの言葉がアタマの中で何度も鳴り響いていた。

次の日の学校で、僕はジャミラの授業中に耳栓をつけた。彼女の授業は熱を帯びて声が大きすぎた。僕にはこなすべき問題集や塾の宿題が山ほどある。ジャミラの反応を恐れはしたが、背に腹は代えられなかった。あと数週間の辛抱だ。

そして不幸なことに、ジャミラは僕が耳栓をしていることに気付いた。恐れていた通り、彼女は烈火のごとく怒り狂った。僕を廊下に連れ出し、ジャミラは大声で説教を始めた。
「やってしまった…」
たしかに、一生懸命に授業をしている先生に対して失礼だとは分かっている。けれども、僕には他に方法がなかったのだ。自分の非礼さを恥じながらも、僕はなんとも言えないもどかしさを感じていた。そのとき、僕の中学生活で一番の事件が起きた。

どこで話を聞きつけたのか、かつてAらとともに不良グループの一員だったSが、ジャミラに説教されている僕に殴りかかってきたのだ。

あまりのことに茫然として、ただ腕で自分の身体をガードしていた僕にとって、Sが殴りつけてくる時間は何10分にも感じられた。きっと、実際には30秒もなかったハズだ。僕に説教していたハズのジャミラがすぐに止めにきた気もするし、廊下での異変に気付いたマエガミも隣の教室を飛び出して止めに来た気がする。

けれども、すべては、どうでもいいことだった。

誰のせいで、この学校は荒れたんだ?
誰のせいで、いまの授業レベルなんだ?
誰のせいで、ぼくはいま追い詰められて苦労しているんだ?

そして僕は、誰のために、がんばっているんだ?

不良少年S

Sのことを説明する。

Sは小学校高学年のときに転校してきた子で、僕とは一度も同じクラスにならなかった。けれども、なぜか僕は彼の悪行を目の当たりにする機会が多く、ずっと彼に目を付けられていた。

Sは僕の友人から携帯ゲームを盗み、僕らが一生懸命に走り回って練習しているあいだに僕らの部室をラブホ代わりに使い、僕らの部室に小便をばらまいていた。そしてお昼の時間には、僕や僕の友人に食堂でお金をせびっていた。僕らのあいだには、みんな知り合いでみんな友達だという雰囲気があったために「かつあげ」とまではいかなかったけれど、実質的には同じようなものだった。

僕は、Sのしたそれらの行為をなぜか把握していた。他の多くの人間が気付かなかったことでも、なぜか僕はSの悪行に気付く機会が多かった。そしてSも、「なぜかアイツは知っている」ということに感づいていたようだった。

そんなSは、中学3年の文化祭では演劇の主役を張ってギターを弾いて、あたかも学年の中心のような存在になっていた。不良が中学3年の後半で更生し、人気になる。よくある話だ。

コウモリ

そのSが、正義の味方として、僕に殴りかかっていた。彼の世界の中では、僕はただの悪者でしかないだろう。彼は、「俺たちに熱い説教をしてくれたジャミラの授業をバカにしやがって」と思っていたのかもしれない。

僕は、Sが小学校の高学年に転校してきたのは、親の再婚のせいだということを知っている。小中の9年間をともに過ごした100人の仲間は、AやSや他の幾人かが不良になり悪さをしていた理由を、なんとなく分かっていた。だから僕も、Sのことを嫌いだけれど、心底から嫌いにはなれなかった。子どもに罪はない。

でも。。。
僕の心には、とても複雑な気持ちが渦巻いていた。マエガミや、ジャミラ、あるいは自分の学校に対して。

誰のせいで、この学校は荒れたんだ?
誰のせいで、いまの授業レベルなんだ?
誰のせいで、ぼくはいま追い詰められて苦労しているんだ?

そして僕は、誰のために、がんばっているんだ?

Sに殴られている間、僕は身体の痛さなど微塵も感じなかった。ただ、あまりにも理不尽に思える世界の姿に、茫然としていただけだった。

ぼくは自分の学校が好きだったし、所属意識を持っていた。
けれど、その僕が好きな学校の正体は、いったいなんだったのだろう?

中学1年や2年でさんざん授業を邪魔していたAやSと違って、僕は授業の邪魔をしたわけではなかった。ただ静かに耳栓をして、自分の学習をしていただけだった。

でも、悪者は僕だった。
ジャミラもマエガミも、僕を殴りつづけるSを止めることはしたものの、僕を庇う言葉はかけなかった。彼らの教師としての青春に、僕が含まれていないことは明らかだった。

僕は、その学校で「のけ者」になっていたのだ。

ふいに、秋頃に交わした別の友達との会話を思い出した。
「おまえ塾行ってるの?」
「この前から行き始めた」
「うわ、お前は行かない(行けない仲間)と思ってたのに」
「うん…行かないつもりだったんだけど…」

僕は、「塾に行けない、荒れた学校に通う、こちら側の人間」として、受験に臨んでいたつもりだった。でも、いつの間にか、自分は「あちら側」になっていたのだろう。

こうして僕は、自分がコウモリであることを本格的に自覚した。自分は鳥にも獣にもなれない、ただの仲間外れだ。

ポマードと花

数週間後、受験は終わった。
僕は奇跡的にその私立高校に合格したけれど、得られたのは自分の能力への満足感だけだった。

僕がどのような思いで頑張っていたか、それでどれくらい苦労したかなんて、誰も気づかないし、誰も分かってくれなかった。その学校で「難関私立」を受けるような人間は僕以外にいなかったし、その僕はといえば、コミュニケーション能力に乏しく、自分の思いを伝えることが苦手だったからだ。「なんだか知らないけれど、難しい高校に合格したんだって?さすがだな」周りの反応は、その程度のものだった。

それでも、僕の「苦労」を分かってくれる人間が1人いるように思われた。
半年通った塾の支部で教室長をしているポマードだ。

母親は僕を連れ、例の高校に合格したことと感謝を伝えるためにポマードの元を訪れた。
「すごい! 君は天才だ! 本当にすごい!」
ポマードは僕をベタ褒めしてくれた。自分の苦しい思いを分かってくれたようで、とても嬉しかった。けれども僕は、ポマードが最後に発した言葉で、一気に現実を取り戻した。

「本当にすごい! どこに合格の花を飾ろうか? いちばん目立つ場所で、金色の花にしようか?(笑)」

僕は花など飾ってほしくなかった。それは僕に、「塾に通うあちら側の人間として合格した」という事実を突きつけるものでしかなかった。それに、僕がその教室に通ったのは半年以下の期間でしかないし、正直に言えば、ずっと前からその教室に通っていた生徒に対して申し訳ない気持ちを持っていたからだ。

その教室に通うひとりの女の子が「私はこの町で一番」と誇りに思っていたことを僕は知っていた。狭い町だ。学校は違っても、親や知り合いを通じて噂が流れてくる。「私の孫はね、この町で一番なんだよ」そう言ったお婆さんの話を僕は耳にしていて、どう考えてもその孫というのが「この教室で一番の成績をとっているあの女の子だ」と推測できた。

けれど、僕はみるみる間に塾での順位を上げ、その教室に通う半年のあいだ塾の宿題を一切しなかったにも関わらず、その女の子を抜き去ってしまっていた。僕が宿題や勉強をちゃんとやったのは特別クラスに通った最後の二ヶ月だけでしかなくて、だから僕は、努力型のその女の子に対して、優越感と申し訳なさの入り混じった複雑な感情を抱いていた。

そんな自分が、どうして教室の一番目立つ場所に花を飾られることができるというのだろう?
あの女の子は、きっとだいぶ前からその教室に通っていて、そしてきちんと宿題をこなしてきたハズだ。ノートすら取らなかった僕とは違い、いつもキレイな字で丁寧なノートを作って一生懸命に塾の授業を受けていた。
そういう子をさしおいて、自分が目立つ場所で、しかも色を変えて花を飾られるということなど、僕にはとても信じられなかった。僕の頭の中で、「ポマードは、いったい何を言っているんだろう?」という思いが回った。

繰り返すけれど、僕は、塾にもその教室にも所属意識を感じていなかった。自分をのけ者にした中学校の方にこそ、僕は未練にも近い所属意識を持っていたのだ。

ポマードは、それら僕の気持ちを知りもしないだろう。
「自分の教室から、あの有名高校の合格者が出た」
その喜びでポマードの胸はあふれているのだろうと僕は想像した。僕がどんな思いを抱えていたか、どんなつもりで受験していたか、彼には知る由もないだろう。

そうして僕は、受験競争に巻き込まれる以前の自分の気持ちを思い出した。
「自分が何をしたいかも分かっていないのにどの高校に行くかなんて決められないし、高校に行くかどうかも分からない」
僕は本心からそう思っていたのに、いろんな大人の事情にふりまわされて受験してしまった。それも、自分が考えていた最悪の形で。

その有名高校には受験のときの一回しか行ったことがないし、どんな学校か、その偏差値と過去問題以外には全く何も知らない。そんな学校に行こうとするなんて、14歳の僕が知ったら、きっと軽蔑したことだろう。

でも、息子の合格を喜ぶ両親を前に、僕は今さら「高校に行くかどうか分からない」とは言い出せなかった。

コンプレックスのまとめ、「先生」の分類

コウモリのコンプレックスは、二つある。

1、自分は仲間外れの生き物だ
2、自分の気持ちなど、誰も理解してくれない

そのうち2について、その後の人生を通してコウモリは、
「A:自分の思いをきちんと伝える術を学ばなければならない」と考えるようになった。
これは上記の記憶にまつわる責任を自分に求める思考の結果だ。

それと同時に、
「B:先生と呼ばれる、伝える権力を持つ人間に、嫌悪にも近い感情を持つ」ようになった。
これは上記の記憶にまつわる責任を先生に求める思考の結果だ。

Aについては、これまでもこれからも、何度となくブログで触れることになるので、ここでは深入りしない。
そこでBについてあらためて整理すると、コウモリは「先生」と呼ばれる人たちを次の三つに分類している。

①情熱のない先生
②情熱はあるが、配慮のない先生
③情熱もあり、配慮もある先生

あの荒れた学校でよく見かけた先生は、①情熱のない先生だった。そういう先生は、他の人間に何の影響も与えないし、こちらも無視するだけだ。
コウモリがコンプレックスを持ち、好感と嫌悪の入り混じった感情を抱くのは、②情熱はあるが配慮のない先生に対してだ。マエガミもジャミラもポマードも、教え方は上手かったし人気もあったし良い先生だった。

でも、自分の教えたいことややりたいことに情熱を持っているがゆえに、その情熱の対象から外れた生徒を排除してしまうのだろう。自分の想定から外れた生徒のニーズを考慮できないのだろう。自分のことを好いてくれる生徒しか目に入らないのだろう。目の前に、多様な人間が多様な思いを持って存在しているのだということに、気づかないのだろう。多様な他者の存在に、思いを馳せることができないのだろう。

自分は例外的な人間だったのかもしれないし、自分がきちんと伝えなかったことも悪いのだろうけれど、「このヒトたちは、自分のことをちゃんと見ていない」という思いをコウモリが持ったことは確かだ。その記憶は、どこかで改変されたのかもしれないし、誤りを含んでいるのかもしれないけれど、確かにコウモリの記憶はそう作られていて、その記憶を元にコウモリは生きている。それだけは揺るぎのない事実だ。

「先生」という、権力を持つ立場にいる人間の「偏り」が、コウモリにはとっても恐ろしい。そしてひとたび「生徒のため」「生徒が可哀想」「1人でも自分を待つ生徒がいる限り」などの情熱的な言葉を見ると、「この人間は怪しい・そこに正しく配慮が含まれているのかどうか精査せよ」というアラームがコウモリの体内で鳴り響く。その黒い警報は、心臓のすごく近くで、とても大きく鳴り響く。

そうして、「生徒が望んでいることを自分はすべて分かっているし、自分は生徒思いの先生である」という傲慢な態度を目にした途端に、その嫌疑は確信へと変わるのだ。

(コウモリは、「生徒のためと口では言いながら、実際には自分に都合の良いものしか見ていないニセモノの良い先生」に対するセンサーが発達している、と自分では思っている。けれども、コウモリのセンサーは自分のコンプレックスを元にして過敏に発達したものだから、誤反応も多いだろうとも思う。そのせいで誰かを決めつけ、誰かを傷つけているのだとしたら、とても申し訳ない。だから、ここに挙げた例は、あくまで「架空の世界のたとえ話」として受け取ってほしい。)

人間が他人の気持ちを完全に理解できるなど、ありえるハズがない。
その事実に謙虚に向き合い、「もしかしたら相手は別のものを望んでいるかもしれない」「相手はどんな気持ちを抱えているだろう」と考える配慮のある先生を、コウモリは本心から好きだし、心の底から尊敬している。

あの中学校にもそういう先生はいたし、いろんなところで、そういう先生にも知り合った。「先生」という職業は、ネガティブフィードバックを得ることが難しい仕事だと思う。「先生ー生徒」という権力構造の存在が、ネガティブ情報を隠蔽するからだ。その構造を把握しながらも、一生懸命にネガティブフィードバックを探す先生を、コウモリは本当に尊敬している。

あるいは単純に、「自分が伝える先にいる人間が、何を望み何を考えているか」に真剣に向き合っている伝え手を、コウモリは本当に尊敬している。

「生徒はこれを望んでいるはずだ、これを知ればきっと役に立つし、面白いと感じるハズだ。自分には分かる」
その自信と情熱を持ちながらも、
「生徒はこれを望んでいないかもしれない、いろんな生徒がいていろんな思いがある。しょせん他人のことは分からない」
その事実に謙虚に向き合い、他者への配慮を欠かさないこと。

とても難しいけれど、その二つの狭間にしか本物はないのだとコウモリは思う。

そして、これは「先生」に限った話ではない。

「伝えること」のまとめ

自分に自信を持つこと、それでいて他者への配慮を欠かさないこと。

野球選手であれ、料理人であれ、アニメーターであれ、TV番組を作る人であれ、ブログを書く人であれ、
誰かに何かを伝え、誰かの心に何かの感情を引き起こしたいと考える全てのコンテンツ制作者が考えるべきことのハズだ。

「自分は、この一球に/この味に/このアニメに/この番組に/この記事に賭けている」という情熱を持ち、
「相手もきっと、これを望んでくれるハズだ」という自信を持ちながらも、
「もしかしたら、相手は他のものを望んでいるかもしれない」という事実に謙虚に向き合い、
「相手がどのような気持ちを持っているか、どのような感想を持ったか」を冷静に見つめる配慮を持つこと。

この数日、コウモリは自分のブログ記事にもらったコメントで、ずっとそのことを考えていた。コウモリが書いた幾つかの記事に頂いたコメントの中には、「熱量」「情熱」という言葉があった。その一方で、コウモリの記事で「不快」な感情を持った人がいることも確かだった。

コウモリ自身が、先ほどの枠組み「①情熱がない②情熱があるが配慮がない③情熱も配慮もある」の中のどこに当てはまるかは明らかだ。自分が冷静な「配慮」を欠いたせいで、どこかの誰かを不快にさせた部分がある。コウモリは、自分の傲慢さと愚かさが悲しかった。

情熱:相手の潜在的ニーズを分かっているという、
   情熱にもとづく深い自信。自分の気持ちを信じ切る送信力。

冷静:相手の潜在的ニーズを分かるハズがないという、
   冷静な視野での広い配慮。相手の気持ちを感じ取る受信力。

それは、真逆(180°)の二軸ではない。とはいえ、完全に独立した軸(90°)でもなさそうで、どこかトレードオフがあるようにも感じられる。けれども、トレードオフを意識しながらも、その二つを両立することはできるハズだし、現に両立している人間も多数知っている。

仮にブログという場所であったとしても、それが他の誰かの認知資源を奪う可能性がある限り、コンテンツとして消費される限りは、自分は「情熱と冷静」の二つを、常に意識しなければいけない。

「教室」ほど、認知資源の占有力は高くないかもしれない。「テレビ番組」ほど、認知資源の占有率は高くないかもしれない。

けれども、ここもやはり、様々な人間が見る可能性のある場所だ。そのような場所に何かを書こうとする以上、「多様性への配慮」をする冷静さを、決して忘れてはいけない。

☆☆☆

この文章は、この世界で暮らすどこかのだれかにあてた、釈明であり、謝罪であり、願いだ。

どうか、うまく伝わりますように。

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