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フランス女性と同棲中

ナンパしたフランス人と同棲する高卒ニートの整理と極論

NHK地理講座の先生へ。メディア・コンテンツが置かれた現状を知り、競争意識を持って!

社会と文化 ITとWEB

メディア・コンテンツ・教育を考える人に向けて。

この方がご高齢だからなのか分からないけれど、NHK講座担当にしてはなんと危機感がないのだろうと驚いたので、急いで書きます。(なので今回はグラフなしですみません) 

 →NHK高校講座で地理担当の内藤教授がNHKをdisるツィートまとめ
簡潔にまとめると、NHK高校講座の番組作りに対しての批判です。
超訳すると、
「NHKはエンタメ路線に切り替え、自分たち教授から番組メインの座を奪い、かわりにお笑い芸人をメインに据えた。そのせいで教える内容も1/5になり、ちゃんと学びたい人がかわいそうだった。今からまた新しく番組を作り直すようだけど、しっかりやろうぜNHK! 教育なめんじゃねぇぞ」
て感じ。内藤教授が熱意のある良さげな人だなってのは分かる。けれど、このひと根本的な現状把握ができてないと驚いた。

 まず1つめ。今はカーンアカデミーなりスクーなりマナビーなりニコ動なり、無料の教育メディア・コンテンツが溢れ返っています。そこまでご自身の教えたいことに熱があるなら、これらのメディアを利用してもいいし自分でyoutubeに投稿するでもいいから、まず無料で放送してみましょう。見る側にとって、NHKは有料です。そこでしか授業しないというのなら、ちゃんと学びたい人がかわいそう。もし教育への熱意が本物ならば、NHKの提示する金に釣られたわけではないだろうし、NHK講座の担当という地位に釣られたわけでもないだろうから、即刻、これからご担当になる講座と同レベルの内容を無料で視聴できるようにするべきです。youtube投稿なら中学生でも出来るくらい簡単ですし、4月からよろしくお願いします。

 次に2つめ。

 呑気か。甘すぎ。

 今は、IT革命によってコンテンツが飽和している時代です。
 すべてのコンテンツは記録され爆発的に増殖していく一方で、それを消費する人間の数の変動は緩やかだからです。*1
 
 言い換えます。現代とは、あらゆるジャンルのあらゆるメディアのあらゆるコンテンツが、有限である人間の「時間」を奪い合っている時代です。いや、もうちょい正確な言い方にします。人間は単一時間の中で複数の情報処理を行うから。
『今、すべてのコンテンツは、人間の処理能力たる「認知資源」を奪い合っている。』
 人間の短期記憶は有限で、長期記憶も有限。それらの認知資源を、すべてのコンテンツたちで奪い合っているのが現代です。ミームによる激烈な生存競争が行われている、ととらえてもかまわないです。
 
 野球選手は野球を普及させたいし、棋士は将棋を普及させたいし、アイドルはアイドルに憧れさせたいし、しゃべり手は自分の話を聞かせたいし、物書きは自分の文章を読ませたいし、アニメーターはアニメ観せたいし、ゲームデザイナーはゲームにはまらせたい。地理教師は地理学習者を増やしたいし、物理教師は…etc.

 すべてのジャンルで、すべての先行者が、自らが賭けた場所(ミーム)の素晴らしさや魅力をアピールし、後からやってくる人間の「認知資源」を獲得しようと激烈な競争を行っている。その営みの一形態として「教育」が含まれています。
これは、教養と娯楽の別を問わず、すべてのコンテンツにおいてなされている営みです。

 学問教育は聖域などではありません。かつてローマ時代に盛んだった「修辞学」「神学」などが時代の変遷の中で重要性と後継者を失っていったように、学問もひとつのコンテンツとして常に生存競争にさらされていることは自明です。
 そしていま情報化社会をむかえ、その生存競争は、より激烈になっている。人間、つまんない地理講座受けてる暇あるくらいなら、おもしろいパズドラやります。学問間での競争だけじゃなく、学問とその他コンテンツとの間でも競争を考えないといけない時代だからです。

 というわけで、どんだけ学者が「掛け合い」の台本を上手く作ったところで、コンテンツとしては圧倒的に弱いと感じます。お笑い芸人が、その「掛け合い」をコンテンツとして成立させるためにどれだけ激烈な生存競争を繰り広げ、どれだけの時間をその20分弱の会話に賭けているか。その背景にある会話技術の鍛錬時間は、学問における鍛錬時間と同等ですし、生存競争の激しさで言えば圧倒的に学問コンテンツは負けています。視聴者(客・ユーザー)の認知資源を奪い合うコンテンツ競争の相手として、正しい認識を持たれた方が良いと思います。「圧倒的に負けています」。

 分かりやすくするため、少し言い換えます。

 教育には2つの側面があると思います。アタマに「情報伝達」することと、ココロに「動機付け」すること。あえてキャッチーな言い方をすれば、おそらく今後10年で、すべての教育コンテンツは「アニメ化」「ゲーム化」の道を辿るでしょう。アニメ化とは映像使用により伝達効率を上げることで、ゲーム化とは賞罰機構の精緻化により動機付け効率を上げることです。

 学者が掛け合い台本をいくら直してしゃべりの練習をしたところで、圧倒的につまらない。技術習得に賭けた他我の差を甘く見ない方が良いです。それでは「単位取らないといけないから…」などの消極的動機でしか見てもらえない。お笑い芸人を採用するなどで「おもしろいな」と思わせることは積極的動機付けを促すための当然の施策。生涯教育で重要なのも、情報伝達力よりも動機付け力です。簡単に言い換えるなら、「わかりやすさ」より「おもしろさ」が大事だということです。
 だからお笑い芸人を採用したNHKに怒りをぶつけるのは、全くのお門違いです。その施策をなされたってことは、自分のコンテンツがおもしろくなくて、競争力がないだけ。コトバによる「掛け合い」などの、お笑い芸人に圧倒的に負ける土俵で戦うのではなく、きちんと「面白い映像」や「ゲーム的構造」を作って、思わずそこに引き込まれてしまうし「わかりやすい」授業にするよう努力するべきです。

 NHKに長期的な視野がないと腹を立てるのには共感できるけれど、それ以前に自分のコンテンツ力の低さを疑った方が良いと思います。

 おそらく件のお笑い芸人さんの方が、コンテンツが置かれている市場競争の現状について的確な認識をお持ちだと思いますので、いちど真剣に教えを乞われではどうでしょうか。

 教育が市場化されていなかったせいで、競争の概念が染みついていないのだと思いますが、NHKに文句垂れるっていう認識や世界観は、本当にヤバすぎです。

「このヒトの地理の授業やべぇよ、まじすげえ」と思われるコンテンツを作ることで市場での競争に勝ち(ex.ユーチューブで100万再生とかされて)、多数の認知資源を獲得できるようになっていれば、NHKだろうが民法だろうが自然と「それ放送させてください」て頭下げて言ってきます。


NHKから出るお金の源は、「おもしろくわかりやすい良質なコンテンツ」を望む国民から出ています。何が良質かは国民(ユーザー・視聴者・客)が決めます。そのユーザー目線の指標の1つが視聴率です。もちろん視聴率だけでは不十分でより精緻な指標が望ましいですが、先ツィートのような「教師>視聴率」のような「コンテンツ制作者>ユーザ」という見当違いな態度をとってNHKにブー垂れてるような人は、さっさと講座担当をやめるべきです。

 まじで教育なめんじゃねえよ。全てのコンテンツが晒されてる競争の現場なめんじゃねえよ。と、腹が立ったので書きました。

まとめ。
NHKどうのこうの言ってんじゃねえよ。呑気か。
圧倒的な努力不足と実力不足を人のせいにしてんじゃねぇよ。
自分の分野に人を惹きつけて連れてくるための普及努力を真剣に考えろよ。現状認識が甘すぎ。

教養側のジャンルもお笑いに等しく好む人間として、まじ残念です。こんなんだとまじ滅ぶ。。。


重要な追記。2014/1/12

上記は、感情的に走り書きした文章であり、拙い点が多々あります。
下記に、教育やコンテンツに携わっている方々からtwitterやブログでご指摘いただいたこと・それへの自身の感想と反省を添付しますので、「補足・修正されるべき部分」などについてご確認いただけると嬉しいです。
この他に補足するべき点があれば、適宜、追記します。

1、村上祐子さんのご指摘。

①に対して



③に対して

⑤に対して

⑥に対して

2、角南北斗さんのご指摘。

一部ですが、抜粋引用します。(興味ある方は、ぜひ全文をご覧ください!)

この記事の書き手が言いたいことは分かる気がする。その論を展開するには適切でない切り口を選んでいることと、何だか相手を叩くことが目的かのようになっていることは、実にもったいないと思うけれども。

~中略~

教師はパフォーマーではなく、学びの魅力を学習者よりひと足早く実感した水先案内人。いずれ自分の地図を持って冒険を始める学習者の、その最初の一歩をアシストするガイドさん。その役割を果たすことにエネルギーを使うべきだ、と僕は思っている。

教育者として果たすべき役割が、世界の入り口に近い位置で演出に力を入れることなのか、それともプロの研究者仲間として切磋琢磨することなのか、それは人にもよる。ただ、前者に必要な姿勢と能力を持った人が全体的に少なくて、それが良質な教育コンテンツを世に十分に輩出できていないこと、そのことに十分な危機感を持っていない人が多いことは、僕も実感している。日本語教育も、情報教育も、プレゼン教育もそう。学会ではいつもそういう主張をして煙たがられてる(笑)。だから、この記事には共感する部分もある。

ただ、当たり前だけど、みんながみんな現状に甘んじてるわけじゃない。主張をする相手と、問題の指摘の切り口とを考えないと、味方であるはずの人たちを敵に回すこともある。僕も日々似たようなことを言ったりやったりしているので、自分にも向けた言葉としてメモしておく。


「教育やコンテンツの対象者やそのニーズ」について、また「おもしろさの本質」について、多くの人が考えるきっかけになればと思います。
また自身も、頂いたご意見をもとに、本記事で書き切れなかった部分について別記事にまとめています。参照していただければ嬉しいです。

良い先生、ホンモノとニセモノの違い
→コンテンツの基礎② 教養と娯楽、おもしろさの違いと教養の可能性。(編集中)



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メディア・コンテンツ・コミュニケーションを考えるのが好きな人に向けて。グラフ3つほど出すので、議論の前提・叩き台にしてください。

*1:世界規模での人口増加のスピードより記録情報量の増加スピードが速いし、内藤教授ご自身の作られているコンテンツは日本語ユーザーを対象としていると思われるので、その消費人口は減少している

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