フランス女性と同棲中

ナンパしたフランス人と同棲する高卒ニートの整理と極論

コンテンツの基礎理論 「おもしろさ」と「わかりやすさ」の比較グラフ 

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メディア・コンテンツ・コミュニケーションを考えるのが好きな人たちへ向けて。

3つほどグラフ出すので、議論の叩き台・前提にしてください。(今回は基礎編)

 

1、おもしろさ・わかりやすさ、2つの軸

 

コンテンツには、「おもしろさ」と「わかりやすさ」が必要です。

教養や娯楽といったコンテンツを「認知的な食べ物」だとすれば、「味わい」と「食べやすさ」が必要なのだと言いかえられるかもしれません。

栄養や味わいがなければ、コンテンツを食べる意味がありません。しかし、噛み切ることができる柔らかさでなければ、味わうこともできません。それと同じで、わからなければ、おもしろさは理解できない。そのため、「わかりやすさ」はコンテンツにとって必要な1番目の条件のように思えます。

けれども、ここに悩ましさがあります。

もっとも「食べやすい」ハズの病院の流動食が、しばしば「味わいがない」と感じられるように、もっとも「わかりやすい」コンテンツとは、多くの人にとって「おもしろくない」のです。そして、ひとたび「おもしろくない」と判断されれば、たとえ食べられるものだったとしても、ヒトはすすんで食べようとはしません。情報過多、コンテンツ飽和、飽食の時代だからです。そのため、「おもしろさ」こそ、コンテンツにとって必要な1番目の条件だと考える人もいます。

これが、コンテンツ制作に携わるすべての人間の頭を悩ませている問題なのだろうとコウモリは考えます。ゲーム、アニメ、音楽、ニュース、あるいは恋愛、友情、すべてのコンテンツ制作・コミュニケーション行動の場面で、必ずといっていいほど付いて回る問題だと思うのです。

つまり、「わかりやすく、おもしろい」が最上なのは言うまでもないのですが、この2つはしばしば両立しない。それどころか、一方を重視すればもう一方が犠牲になるようなトレードオフがあるようにも感じられるのです。そのため、どこにバランスを置くかに常に神経を尖らせないといけない。だからコウモリのアタマの中では、このようなイメージがあるのです。 

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コウモリは、「おもしろさ」とは、「深さ・長さ」に近い指標だと考えています。

知らない、見たことない、考えたことない、「内容の深さ」に対しての感覚。それが、ヒトが感じる「おもしろさ」だと思っています。この「深さ」は多くの場合、コンテンツの賞味期限の時間的な「長さ」をもたらします。時を越えて愛され、意味を持つ。時間に対する強度があるのだと言えます。そのぶん、対象を限定する「狭さ」を抱えているとも思います。

一方で、「わかりやすさ」とは、「広さ・早さ」に近い指標だと考えています。

コドモもオトナも、ヘテロもLGBTも、日本人もフランス人も、その「対象の広さ」に対しての感覚が「わかりやすさ」だと思っています。この「広さ」は多くの場合、コンテンツの賞味期限の時間的な短さをもたらし、「早い」ことが必要な条件になってきます。それは、鮮度という意味での「早さ」でもあり、所要時間という意味での「速さ」でもあると思います。

 

           内容 対象 時間

   おもしろさ   深く、狭く、長く。 

   わかりやすさ  浅く、広く、早く。

 

ここで、「おもしろさ」と「わかりやすさ」のトレードオフを見やすくするため、「対象」による変化をグラフにしてみます。

 

2、コンテンツに感じる「おもしろさ」の度合い

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どんなジャンルのどんなコンテンツであれ、 その道に「詳しいひと・玄人」と「ふつうのひと・素人」では、何をおもしろいと感じるかが違います。場合によっては、それが逆転することもある。そのイメージを図示したのが上のグラフです。

玄人はそのジャンルが好きで興味も強いので、そのぶんだけおもしろいと感じる強さは大きい。けれども、その感覚が「超面白い!」と激しく叫ぶときほど、素人には「へ?さっぱりわからんし、つまらん」という状態になるものが多いようです。その一方で、玄人はすでに見たことあるもの・知っているもの・分かっているものの範囲が大きく、「おもしろい」と感じる範囲も狭くなる。そのため玄人は、素人にとって「わかりやすいし、おもしろい」と思えるものを「つまらない」と感じてしまう。「何番煎じだよ、それ。見たことあるし知ってるし分かってるわ」と。

いま掲げた、「対象」の玄人・素人という区分は、キャズム理論で言いかえることもできると思います。「玄人:イノベーター、アーリー」「素人:レイト、ラガード」に対応していると思うからです。

コウモリは、ジェフリー・ムーアのキャズム理論を聞いたとき、そのオジサンの言ってる「キャズム」って、上のグラフで玄人と素人の「おもしろさ」が交わる場所のことなんじゃないかなーと思ったのでした。つまり、価値の中心が「おもしろさ」から「わかりやすさ」に移る場所、それがキャズム。 

学者にとって、世間的な知恵や利益は、ときにくだらない。

お笑い通にとって、わかりやすくベタな笑いは、ときにつまらない。

ファッション通にとって、流行に合わせただけの無難な服装は、ときに格好悪い。

どんなジャンルであれ、これと同じような現象があると思います。そのため、コンテンツ制作にあたっては、「ひとつのコンテンツの中に複数の焦点を持たせる」ことが必要になってきます。成功したコンテンツの多くは、そうした特徴があるからです。

「ここはわかりやすくベタに、ここはおもしろくエッジ効かせて」というように。

けれども、そんなに上手くいくものでしょうか? 成功するコンテンツの少なさを考えてみるとやはり、なかなか難しい部分が多いと思います。 

たとえばコウモリは、自分の思っていることや考えていることをちゃんとブログに書くことに決めました(1か月前)。 コウモリの場合、重視しているのはまず第一に「おもしろさ」です。だから、上のカイ2乗分布のグラフを読み取れないヒトは対象から除外しています。キャズム理論を知らない人は自分でググってくださいという姿勢です。つまり、明らかに玄人・アーリー寄りの方を対象に書いています。その一方で、「図解」という視覚イメージに訴えかける伝達方法を採用することで、最低限の「わかりやすさ」を担保しているつもりです。つまりコウモリも、多くの成功コンテンツにならって、このように「複数の焦点」を持たせているつもりなのです。けれども、はたしてそのバランスは上手く機能しているのでしょうか。

ウェブ上でコンテンツを発表していく上で、「おもしろさ」と「わかりやすさ」のバランスをどう自己チェックすればよいか。その指標を得るために、コウモリはある実験を行いました。その結果、見事なほどキレイなデータが得られたので、最後に紹介しておきます。

 

3、ウェブでの「わかりやすさ」は滞在時間、「おもしろさ」は閲覧率

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実験の詳細や、その他に気付いたことなどは、この記事を参照してください。

文章を読んでもらうには、「わかりやすさ」と「おもしろさ」、どっちが大切?

 

ひとまず結論。

滞在時間・閲覧率の指標を参考に、自サイトに足りないのは、わかりやすさ・おもしろのどちらか。あるいは、「過剰なのはどちらか」。その視点を持ちながらPDCAの検証Check・反省Actをしていくのが良いのではないかと考えています。 

では逆に、自分のコンテンツにおける「わかりやすさ・おもしろさ」の目標Planをどこに設定するか迷ったときには、どんな考え方が必要でしょうか? 今回は字数も長くなってきたので、それを示すグラフはまた次回ということで。

 

 →(作成中:なるべく早く更新したいのですが、いくつかの基礎的な議論を並行して進めているので、手間どっています。すみません;)

 

<希望>メディア・コンテンツ・コミュニケーションを考えるみなさんのあいだで、議論の叩き台・前提としてこのグラフを使っていただけると嬉しいです。コメントや共有は下のボタンからお願いします。

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