彼氏は日本人。彼女はフランス人。

日本人とフランス人の国際カップルの記録

子供(学生)の成長環境はどう変化したか ー企業がコミュ力重視する理由②ー

 

概要

0、導入

1、家庭の変化

2、地域の空洞化

3、売買環境の変化

4、ネットと上記123がもたらす「変化の意味」

 ( 約2600字:約2分40秒 ) 

0、導入

 前回 → 社会環境はどう変化したか -企業がコミュ力重視する理由①-

 前回見たように、社会が「自分とは異なる相手」とのコミュニケーション能力が必要となってきた一方で、子どもの成長環境では、「自分とは異なる相手」とのコミュニケーションの機会は減ってきているように思える。

 空間ごとに分けて、①家庭、②地域、③売買、④ネット、の順番で見ていく。

 

1、家庭の変化

 たとえば家庭では核家族化が進行し、20世紀中盤には『サザエさん』で描かれるような大家族の中で祖父母世代との関係やおじ・おばとの斜めの関係などが一世帯の中にあったが、時代を経るにつれ、『ちびまる子ちゃん』のようにおじ・おばが消え、次いで『クレヨンしんちゃん』のように祖父母も世帯の中から消失していく。更に、少子化とともに1990年代から増加しつづけている一人っ子家庭では兄弟も消失。加えて、住環境が整い「子ども部屋」が与えられることが一般的になり、食事も家族とではなく個別にとる「個食」の割合が増える中、親とコミュニケーションをとる機会・時間も減少している。

 もちろんこれらは典型例をもとに話してきただけだが、日本全体としては、異なる世代との異なる関係の中でコミュニケーションを学ぶ場でもあった家庭から、コミュニケーションの機会は減ってきているといえる。

*1

 

2、地域の空洞化

 また都市化に伴い進行した地域共同体の空洞化により、『ドラえもん』で描かれる空き地のような場所が消失し、ガキ大将がちびっ子を引き連れるような上下世代も含めた地域の子ども同士で遊びコミュニケーションをとる機会は減少する。また地域の大人が顔を出す場所でもあった空き地などの減少は、その隣に住む神成さんのような地域の大人に叱られる機会も奪う。

 こうして異なる世代との異なる関係の中でコミュニケーションを学ぶ場でもあった地域からも、コミュニケーションの機会は減ってきているといえる。 

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3、売買環境の変化

 更に、地域商店である魚屋さん・肉屋さん・八百屋さんや駄菓子屋さんへのお遣い・買い物は、「磯野さん家のタラちゃん、よく来たね」などと値切ったりおまけしてもらったり騙されたりといった柔軟な売買コミュニケーションを学ぶ場でもあったが、いまやセブンイレブンなどのコンビニやジャスコなどのショッピングモールへと姿を変えた売買の場所では、全国規模の統一されたマニュアルのもと、子どもでも1人の「お客さま」として安全で画一的な対応をされるようになってきている。

 これは、「磯野さんの家のタラちゃん」という固有名と参照履歴ある関係をもつがゆえに柔軟性を持っていたコミュニケーションが、「お客様」という匿名的で入れ替え可能な関係であるがゆえに画一的で硬直した売買コミュニケーションに変化したのだと言える。 

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4、ネットと上記123がもたらす変化の意味

これら家庭・地域・売買での生育環境の変化にも関わらず、公的な教育機関でのコミュニケーション教育は20世紀半ばから半世紀以上ほとんど変化しておらず、例えば「国語」という科目は文字・単語・文法の習得に圧倒的な時間を割き、それらの“実際的な活用法”までは行き届かないままとなっている。

 ただし、たとえば21世紀現在の日本にあっても大家族は存在するのだし、たとえば地域のサッカークラブに所属すればコーチや応援してくれる親たちや競い合う同世代とのコミュニケーションは存在し、学習塾に行けばそこの講師や同級生などとのコミュニケーションは存在し、どんな集団であっても所属すると同時にそこでのコミュニケーションがあらわれる。また、コンビニであっても店員と仲良くなり「賞味期限が過ぎて廃棄する物あるから、あげるよ」などのお付き合いをすることも可能であり、どんな場面であっても柔軟なコミュニケーションは存在するだろう。

 また、携帯電話とインターネットの普及により、子どもが自分とは異なる世界の異なる世代とコミュニケーションをとる機会は増えているとも言えるのだ。

 しかしかつてと大きく異なるのは、それら多様なコミュニケーションが家庭や地域の中で逃れようもなく「強制」された時代から、自主的に「選択・回避」できる時代になったという点にある。この傾向が顕著にあらわれるのが、ネット空間である。

 たとえばyahoo知恵袋や2ちゃんねるのような掲示板で質問して褒められ応援され、はたまた釣られ煽られ諌められ、あるいはTwitterなどのSNSを利用して興味ある大人に話しかけて仲良くなったり、はたまた心無い大人に罵られたり脅されたり。あるいは楽天などのオークションサイトなどで、騙し騙され評価し評価され。それらすべてを通した、「自分とは大きく異なる他者」とのリスクあるコミュニケーションの機会は爆発的に増えている。

 しかし一方、それらを利用せずに自分と趣味の合う同世代の仲良しとだけ安全なコミュニケーションを楽しむことも可能である。SNSであれば前略プロフィールやミクシィ、あるいは携帯電話に登録した番号の相手とだけつながれるLINEなど、10代・20代の利用者が多いサービスは、安全に仲間内でのコミュニケーションを楽しみたい人をターゲットにしている。

  こうして、「自分とは大きく異なる他者」とのリスクあるコミュニケーションに積極的か消極的かによって、その経験に大きな格差が開き、その経験の差が「コミュニケーション能力の格差」となって、顕著にあらわれだした。それが21世紀初頭の日本の状況だとはいえないか。 

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 企業が「コミュニケーション能力」を重視して採用選考をしているということは、裏を返せば、その項目において「応募者間で大きな差が見られる」ということでもあるからだ。もしも全員が一様にコミュニケーションに関する能力が低いのであれば、その項目では学生間で差が見いだせず、採用選考で重視されるはずがないのだ。 

 

 つづき

  → 企業自身はどう変化したか -企業がコミュ力重視する理由③-

*1:平均世帯人員は4.9人→2.56人     (厚生労働白書、1950年→2005年)

大家族などの「その他世帯」35.1%→12.7%(厚生労働白書、1950年→2005年)

児童のいる世帯で「児童が1人」35%→43%(国民生活基礎調査1986年→2005年)

小学校低学年で「子どもだけの朝食」26.8%→40.9%

(国民健康・栄養調査結果の概要1988年→2005年)

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