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フランス女性と同棲中

ナンパしたフランス人と同棲する高卒ニートの整理と極論

「好きの反対は嫌いじゃなくて、無関心」ってどういう意味?

言葉 コミュニケーション 自薦

概要

1 その言葉って、なんかヘン!と思う理由 

2 「好き・嫌い・無関心」、図解すると、こういう意味!

3 ただ…どうして「嫌い」じゃダメなの?を超図解

 

1 そのコトバって、なんかヘン!と思う理由 

「好きの反対は嫌いじゃなくて、無関心」

 

僕のようなコミュ障にとって、この種のコトバの理解はけっこう厄介だ。

そちなみに僕のようなコミュ障、とは

「コトバを字義通り受け取る傾向が強く、その取扱いの正確性に強い執着を持つことで柔軟なコミュニケーションに障害をきたす者」を指す。

つまり、上記のような書き方をするような奴だ、ということだ。
いちいち使用しているコトバに自分なりの解釈と定義づけがあるタイプ。

で、そういう傾向が強い僕にとってみれば。
「好き」の反対は、どう考えても「嫌い」だ(った)。
「無関心」を反対だと捉えるのは、それはちょっとコトバのルール違反じゃないの?

と思ってしまう。

けれども、この「好きの反対は無関心」ていう格言というか現代のコトワザみたいなやつは、けっこう流通して信用を勝ち得ている。

ためしに「好きの反対って何か知ってる?」って同居人に聞いてみたら、やっぱり知っていた。
「知ってるよ、興味がないということでしょ」
「うん、嫌いじゃくて実は…ってやつ。それ、どこで知ったの?」
「うーん、ドラマかな~詳しくは覚えてないけど」
フランスのドラマでも同じようなセリフがあったのだろうか、あるいは彼女はよくアメリカのドラマを見ているので、そこで見たのかもしれない。

僕自身も、アニメだかドラマだか小説だかは分からないけれど、このコトバについてどっかしらで耳にしたから知っている。もしかしたら、子どもの頃の遊びの中で覚えたのかもしれない。

「大阪城を作ったヒトはだれでしょう?」

「秀吉!」

「違うで、ホンマは大工さんが作ったんやで~(笑)」
そういう感じで。


「好きの反対はなんでしょう?」

「嫌い!」

「違うで、ホンマは無関心やねんで~(笑)」

けれど。
大工さんが作ったという言葉遊びは理解できるけれど、好きの反対は無関心だというやつはどうにも好けなかった。いや、「なんとなく言いたいことは分かるけど、それはルール違反でしょ」っていう感覚だといえばしっくりくる。その頃の僕の考えを図示するならこんな感じだ。
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ちなみに、いま調べて元ネタが分かった。マザー・テレサの言葉「愛の反対は憎しみではありません。無関心なのです」らしい。なるほど。

 

2 「好き・嫌い・無関心」、図解すると、こういう意味!

そういうわけで、数直線上に「嫌い=マイナス」「無関心=ゼロ」「好き=プラス」と置いて、

マザー・テレサ様の含意を理解できなかったかつての僕に向けて、

大人の図解力を見せてやろうと思う。
こんな感じだ。
f:id:Rlee1984:20130128192517j:image:w360
たしかに好きの反対は嫌いなのではあるが、
それよりも大きな次元で

「好きも嫌いも、関心があるカテゴリー内。その反対には無関心がある」のだ。

しかし、これも踏まえた上で、やっぱり

「好きの反対は無関心っていうのは分かるけど…

 嫌いも反対だし、それを否定する必要はないんじゃないですか」とも思う。

 

3 ただ…どうして「嫌い」じゃダメなの?を超図解

それに対して、件の言葉が名言とされる由縁について図示するなら、こういうことだ。

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ヒトが、ココロが、アタマが価値を判断するにあたり。
価値の「関心・重要性」こそが第一にあり、価値の「上下・高低・良し悪し」は第二にある。
この順位・順序は、何がどうあっても覆らない、ヒトにとっての根本的な認知原則だ。当たり前といえば当たり前なのだけれど、その優先順位を明確にすることにこそ、「好きの反対は、無関心」の含意がある。
つまり。
「たしかに嫌いも好きの反対なんだけど、それは価値判定の第二原則においての反対。
 それよりも関心の有無という認知段階での第一原則をまず考慮しなさいね」

ということだろう。

 

こういう、ヒト、あるいはココロについての真実って、文化的な体験の中で流通しているものが多いと思うのだけれど、ちゃんとまとめ直して学校教育の中で扱えばいいんじゃないのって思う。

汎用対人知識・技術として。

心理学は適用状況を限定しすぎた雑学集になっているし、
とはいえ哲学は適用状況を広げすぎたために難解で衒学的だ。

小学生でも図で学べるように、

ヒトのココロの仕組みとコミュニケーションの仕組みについてまとめ直して。
国語の科目から言語とそれを切り離して扱えば良いのに、て思う。

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