彼氏は日本人。彼女はフランス人。

日本人とフランス人の国際カップルの記録

ゆりやんレトリィバァのAmerica’s Got Talentでのパフォーマンスと全訳と感想

日本のコメディエンヌ、ゆりやんレトリィバァ(28)。
彼女がアメリカのオーディション番組「America’s got Talent」(NBC)に出演した動画が番組のTwitterアカウントで公開され(6月12日)、日本で話題になっています。
youtu.be

動画出演部分

以下、全訳。
(見た人は飛ばして大丈夫です)

ホーウィー:今晩は。君の名前は?
ゆりやんゆりやんレトリィバァです。日本から来ました。
ホーウィー:ワオ、ならAmerica’s Got Talentに出るために飛んできたの?
ゆりやん:はい。
ホーウィー:日本ではどんな仕事をしてるの?
ゆりやんパフォーマーとダンサーです。
ホーウィー:それで日本で食べていけてるの?
ゆりやん:ちょっとだけ。
会場:(笑い)
ジュリアン:(不満気に)それがダンサーの人生よね
サイモン:ひとつ質問なんだけど、これは君のステージネーム?
ゆりやん:はい、ゆりやんレトリィバァは私のステージネームです。
サイモン:どうやってそんな名前思いついたの?
ゆりやん:えっと、ペットを飼ってるんですが、レトリーバーって知ってます?
サイモン:もちろん。
ゆりやんゴールデンレトリーバー。それで私、ネコを飼ってるんです。
会場:(笑い)
ホーウィー:? ネコを飼ってるなら、レトリーバーとなんの関係があるの?
ゆりやん:ネコの名前がレトリーバーなんです。
審査員:オーウ
会場:(歓声)
ホーウィー:ぼくらの知ってる人で、君をたとえるとすれば誰に似てる?
ゆりやん:私には尊敬してる人が世界で3人だけいるんです。
審査員:うん
ゆりやん:私のママ、パパ。 
サイモン:そして…?(自分の名前を挙げると思って笑顔で促す)
ゆりやん:そして。ジュリアン。
会場:(歓声)
ジュリアン:ワー!
サイモン:(ブザーNOボタンを押す)
会場:(笑い)
ゆりやん:オー!サイモンごめんなさい!笑
ジュリアン:私はあなたのスタイル好きだし、良いテイストよ。
ゆりやん:ありがとう
サイモン:間違って押しちゃったんだ。頑張って。
ゆりやん:ありがとう、どうも

ゆりやんのパフォーマンスが始まる〜
ゆりやん:(おもむろに後ろを向き、少し振り返って会場をセクシーな目で一瞥したあと、ズボンを脱いで下半身を露出させる)
会場:(悲鳴・歓声・笑い)
ゆりやん:(パーカーも脱ぎ、前に出てアメリカ国旗をあしらった衣装を見せる)
会場:(歓声・笑い)
ゆりやん:(ポーズをとる)
〜BGMが鳴り始める〜
ゆりやん:(ダンスを始める)
ゆりやん:(珍妙なダンスをしながら、休符に合わせて鼻息させて力むポーズをとる)
会場:(大笑いする男性客、顔をしかめる女性客、などが映される)
サイモン:(NOブザーボタンを押す)
ジュリアン:(NOブザーボタンを押す)
ゆりやんのパフォーマンスが終わる〜

サイモン:一体あれはなんだったんだ!?
ホーウィー:ジュアリアン、君はブザーを押したね。彼女のダンス全てが君にインスパイアされていたにも関わらず。
ジュリアン:私の責任ね。 
サイモン:世界への君からのギフトだぞ。
りあん:ジュリアン、あなたのようになりたいんです。なのにあなたはブザーを押した、ブザーを。 
ジュリアン:私は振り付けをすぐに覚えちゃったから、もうちょっと観ていたいんだけど…もういいわ。 
りあん:(残念そうに)あ〜
サイモン:あれはボクたちでもやれると言ってもいいと思うんだけど。 
りあん:そんなことないです。 
ホーウィー:サイモン、君も同じ髪型だよね。
サイモン:ありがとう、ホーウィー。
りあん:サイモンお願い、あなたはとてもキュートよ。 
サイモン:今さら機嫌をとっても手遅れだよ。 
りあん:お願いサイモン。 
サイモン:なら友達になろう。 
りあん:あぁ、OK…、えっと…、シェラトンホテル、3、1、2… 
会場:(歓声・笑い)
サイモン:OK、OK、ガブリエル、頼む。 
ガブリエル:あなたの両面テープがなんなのか知りたいわ、だって…とれちゃいそうでしょ! 
ホーウィー:投票を始めよう、まずはぼくから。ぼくはすごく気に入っただよ、YES! 
ガブリエル:レトリィバァごめんなさい、私はNOよ。 
りあん:なんでー、理由が分からないわ。 
ジュアリアン:OK、私ね、私は楽し、
ホーウィー:YESだってさ! 
ジュアリアン:違う違う違う。 
ホーウィー:YESだって!これでYESが2票、サイモンは? 
サイモン:ボクにはやってもいいなってことがあるんだ。君のダンスレッスン代をボクがジュリアンに払ってもいい。 
ジュリアン:喜んでやるわよ。 
りあん:ほんとですか? 
サイモン:でもNOだから、お疲れ、バイバイ。 
りあん:ごめんなさい、なんでNOって言うのか分からないわ。OK、そっち行かせて。
りあん:(ステージを降りて審査員席の前に移動して)
りあん:OK、じゃあ、教えて。なんでNOって言うの? 
りあん:(ゴールデンブザーボタンを肘で押しながら)教えて。
観客:ワー
りあん:(ボタンが効かないようなので)あら!?
サイモン:残念だけどゴールデンブザーは効かないよ。 
りあん:オー。
観客:(笑い)
テリー:他の候補者の時間だ。 
りあん:OK、バーイ。

このあと、観客のいるオーディション会場から控え室に場面は移り、サイモンが要求したジュリアンに対するゆりあんのダンスレッスンの模様が映し出されます。
ひと通りジュリアンへのレッスンが終わったあと、各審査員とハグしていくゆりあんですが、サイモンとのハグを一向に終えようとしません。
「ぼくたち、もう行かなきゃ。みんな、行こう」とホーウィー。
りあんに抱きつかれたまま取り残されるサイモンが「いますぐ止めろ」と言う姿に、「いまや彼女はボーイフレンド持ちだね」と投げかけて去り行くホーウィー。「ありがとう」とサイモンに抱きつき続けるゆりあんを映して彼女の出演シーンは締めくくられます。

日本での感想

過去にもAmerica’s Got Talentに出演した日本人パフォーマーはいたけれど、純粋にトークで観客を沸かせた人は出ていません。
その意味で、日本のお笑いの可能性を見た、とする感想があります。
news.yahoo.co.jp

同じ日本人として誇らしい気持ちにすらなる出演シーンでした。
〜略〜
今回のゆりやんさん出演の大反響から改めて感じるのは、やはり日本のお笑いも海外で通用する可能性が十分ある

けれど、このパフォーマンスから「日本のお笑いが世界に通用するかも!?」という風に考えるのは危ういというか、むしろ時代錯誤ではないかと感じる部分があったため、この記事を書いています。

たしかに、モテそうにない女性が、自信満々に男性をホテルに誘ったりハグ強制を続けたりという逆セクハラを行うジョークは、日本のテレビバラエティで多くの女性芸人が培ってきた「日本のお笑い」だろうと私も思います。

でも、それがジョークとして成立しているのは、日本に強く残る男尊女卑と行き過ぎたルキズムが文化的背景としてあるからだと私は考えます。
今回のパフォーマンスで男女の性別を逆にしてみれば明らかです。
モテそうにない男性が、自信満々に女性をホテルに誘い、ハグを強制する。それが、果たしてジョークとして通用するでしょうか?

ハラスメントとジョークの境界は、いつも曖昧です。

America’s Got Talentでの反応としても、彼女のジョークで笑っていた審査員や観客もいたかもしれませんが、逆に、それに対して眉をひそめていた審査員や観客もいました。それは、動画を見れば明らかな事実です。

MeTooの発祥地であるアメリカも、それを後追いしている日本も、まだ男性から女性への性的差別が残っているからこそ、女性から男性へのセクハラが「男性権力に反逆する」という意味でジョークとして許容され、ハラスメントと受け取られずにすむ余地があるのだと思います。真の平等社会においては、彼女のセクハラジョークは単なるセクハラに過ぎません。

そのため、このような逆セクハラジョークが「世界に通用する・今後も広まっていく」と考えるのは、やっぱり変だと思うのです。
むしろ、近年の日本で発達してきたこのような逆セクハラジョークは、今後は根絶される方向に世界は進歩すべきだし、そうなっていくはずだと私は信じています。

もちろん、母語ではない言語で異なる文化の中で堂々とパフォーマンスを行い、少なくとも1人の審査員からは絶賛を受けたゆりあんさんは凄いと思うし、それを貶す意図は一切ありません。
また、日本の女性芸人が見出した現在のセクハラジョーク自体を貶めるつもりもありません。
どういうことか。

セクハラジョークの意味と時代的変遷

日本のテレビバラエティの中でも、「男性から女性へのセクハラ」「男性からLGBTQ+へのセクハラ」が明確に存在していた時代があります。
私が子どもだった1990年代。
とんねるず石橋貴明が、松嶋菜々子に性行為中の膣から発される空気音について発言させる
ダウンタウン浜田雅功が、YOUや篠原涼子に後ろから抱きついて腰を振り性行為を思わせるジェスチャーをする
志村けんが、バカ殿様の中で女性の裸を見る・触る
とんねるず石橋貴明が、保毛尾田保毛男というゲイへの偏見を利用し見下すキャラクターで人気となる
枚挙にいとまがないほど、日本のテレビは権力男性からのセクハラジョークに溢れていました。

2010年代、それらが徐々に減っていき、かわりに増えたのが「女性から男性へのセクハラ」「LGBTQ+から男性へのセクハラ」です。
・女性芸人(大久保佳代子森三中大島美幸、バービー、他多数)が男性芸人や男性芸能人の身体をさわる、抱きつく、キスする
・マツコデラックスが男性芸人や男性芸能人の身体をさわる、抱きつく、キスする

00年代、私はあまりテレビバラエティを見ていないので詳しく分かりませんが、おそらく次のような文脈でこの変化は起きているのだろうと考えます。

かつて男尊女卑が幅を利かせていた時代には、男性から女性へのセクハラがジョークとして流通していました。
けれど、権力のある男性側からのそれは「強者→弱者」への単なるハラスメントであるという側面が社会的コンセンサスを獲得していく中、衰退。
それに代わって、権力のないモテない女性・LGBTQ+側が行うセクハラは「弱者→強者」へのジョークとして受け取られる側面が大きく、隆盛。

ハラスメント度合いは、相手が拒否できない弱い立場にあることで強くなり、
ジョーク度合いは、相手が拒否できる強い立場にあることで強くなる。

そのため、女性・LGBTQ+側が行うセクハラジョークは、「男性という権力強者」に対する一種の異議申し立てとしての意味を持っていたのだろうと思いますし、その意味で多くの女性芸人やマツコデラックスらオネエタレントが行ってきたそれらを、各男性へのセクハラだったと安易に切り捨てるつもりはありません。

それは社会が平等になる過程で経る通過儀礼のような、必要悪のようなものだったと私は考えます。

けれど私は、それらはもう過去のものになるべきだと考えています。
そして、おそらく多くの女性芸人やマツコデラックスも、同じように考えているのではないかと私は思います。

すでにマツコデラックスは、男性へのセクハラジョークの頻度をかなり減らしてきているように思いますし、女性芸人も、そのセクハラジョークを例えば「ビジネスキス」のように呼称し、少しずつ距離を取ろうとしているように思います。

異議申し立ての告発としてセクハラジョークを利用する時代は、もう終わりにきています。
本当の意味での平等社会では、それは単なるハラスメントに過ぎないからです。

セクハラジョークはなくなった方が良いと私が考えるもう一つの理由

セクハラジョークはなくなった方が良い。
私がそう考えるのには、もう一つの理由があります。

セクハラジョークは、「された側が嫌がっている様子」を見て楽しむということに大きな特徴があります。
そのため、今回のゆりやんもそうですが、女性芸人やLGBTQ+のセクハラジョークを行う側が性的魅力に乏しい(とみなされる共通認識がある)ことが必須となっています。
もしサイモンをホテルに誘ったり抱きついたのがジュリアンのような美人であれば、それがジョークとして成立しづらいことを考えれば明らかです。

ここには、もう一つの無くすべき偏見である「ルキズム」が大きく横たわっていると私は考えます。

もちろん、現状はびこるルキズムでは弱者とされるブサイク・デブと称されることもあるようなゆりあんさんが、そのルキズムを利用して笑いに変えることでファンを獲得するという意味で、これもまた単純に否定すれば良いという種類のものではないとは思います。
それでも、テレビによる動画時代が始まってから、インターネットによる画像・動画の共有難易度の低下により更に「視覚優位」な世界になってきた中で、性的魅力をルックス(視覚)だけで推し量る価値観の隆盛が、このセクハラジョークがジョークとして成立してしまう背景にはあります。

そして、それをジョークとして成立させてしまうことこそが、そのルキズムを助長してしまう残念な結果を招いていると思っています。

私は、現在のルキズムの隆盛は、決して人類にとって良いものではないように思っています。

とはいえ繰り返しになりますが、私はこれらのパフォーマンスを行ったゆりやんさんを貶めるつもりはありません。
最後に、そのことについて詳しく補足します。

今回の笑いの取り方についての感想詳細

ゆりやんさんについては、全体的に「置かれたポジションへの見られ方を意識的に利用する」という意味でとてもクレバーな戦い方をしているように思いました。
パフォーマンス自体ではなく、その前後のトークが笑いにつながったシーン3つについて、説明します。

そのうち2つは、上記にも挙げた「ホテルに誘う・ハグを強制する」という部分です。
これは、パフォーマーと審査員という権力の上下関係があることが、女性から男性へという部分にプラスしてハラスメント度合いが弱まり、笑いやすい構造になっていました。そのため、ハラスメントだと受け取った人もそこまで多く出ずに済んだだろうと思います。

また、一番最初に彼女が笑いを取ったレトリィバァという芸名の由来が犬ではなく猫にある、という部分。

ゆりやん:はい、ゆりやんレトリィバァは私のステージネームです。
サイモン:どうやってそんな名前思いついたの?
ゆりやん:えっと、ペットを飼ってるんですが、レトリーバーって知ってます?
サイモン:もちろん。
ゆりやんゴールデンレトリーバー。それで私、ネコを飼ってるんです。
会場:(笑い)
ホーウィー:? ネコを飼ってるなら、レトリーバーとなんの関係があるの?
ゆりやん:ネコの名前がレトリーバーなんです。
審査員:オーウ
会場:(歓声)

ここについても、「レトリーバーって知ってます?」と当たり前のことを聞くことで、観客や審査員からすると「そのくらい当然知ってるけど、この日本人だいじょうぶかな?英語がうまく扱えないのだろうか?」という不安を少し植えつけたあとに、「それで私、ネコを飼ってるんです」と言うことで、「やっぱり変ねこの日本人、犬の間違いじゃないの?笑」というバカを見る目で笑われたあとに「ネコの名前がレトリーバーだ」とオチをつけることで、「なんだそういうことね、ちゃんと通じる話ができるじゃない、面白いわ」と評価を反転させることで歓声を得ています。
つまり、たどたどしい英語を話す日本人(外国人)であることを上手く利用しているのだと感じました。
もし彼女が流暢に話していたとしたら、ここではそんなにオチていなかっただろうと私は思います。

それも含めて、どのジョークも「外国人としての自分」「デブでブスな自分」「女性としての自分」という見られ方を意識的に利用したもので、その意味でとてもクレバーだと思ったのでした。
どの観点でも、彼女にとってアウェイな環境であることを逆用することに長けているのだと分かります。

次の記事にあるように、「あらかじめ通訳や現地の人と練習した」と話していることからも、それはうかがえます。

jisin.jp

なお、「ダンサーだ」と自己紹介することで、笑いのハードルを下げることが出来たからこそレトリーバーの件がよりウケたという側面はあるにせよ、そのせいで「ダンスの巧さ」を審査基準にした審査員もいただろうし、彼女の全部のパフォーマンスがジョークなのだと受け取るまでに時間がかかった観客や審査員もいただろうとは思います。

厳しい判断を下した審査員や観客が、ダンサーなのに変なことやってる痛い人だと思ったのか、それともジョークだと理解できた上でセクハラなりルキズムなりの問題のために笑えないわと思ったのか、動画だけでは判別不可能な部分はあるにせよ、正々堂々と「日本ではコメディエンヌをやっています」と自己紹介した方が良かったのではないかとは思います。
そうしていれば、もう少し全体が見やすくなったと思うからです。

とはいえ、言うはやすく行うは難し。
度胸と野心あふれるクレバーなパフォーマンスを行った彼女に、賞賛を惜しみません。

できることなら日本のテレビバラエティ(日本社会)が、彼女がセクハラ以外のジョークをより研鑽できる環境になっていくことを望みます。

M-1グランプリ2018 上沼恵美子が批判された真相

あまりにも真相から外れた話が広がっているように見えてムカつくので、書きました。
各関連ラジオを書き起こしつつ網羅したので全体で2.5万字以上あります。ご注意ください。

目次

1、誤解や脇道
2、好き嫌い
3、人気と実力
4、敗者復活戦
5、決勝本戦と審査コメント
6、批判の真相

1、誤解や脇道

2018年12月02日、M-1グランプリ2018という、毎年行われている漫才の大会がありました。
(以下、名前は全て敬称略で記載します)

その審査員である上沼恵美子に対して、今年の出場者スーパーマラドーナ武智正剛と、前年の優勝者とろサーモン久保田かずのぶが、SNSのインスタライブ上で批判し暴言を吐いたという件が話題となりました。
酒に酩酊しての発言だったということで翌日に二人ともがSNStwitter)上で謝罪をしたものの、上沼恵美子の対応に注目が集まるなど、世間の話題となっていました。

この件について、 「武智と久保田は自分が評価されなくて愚痴を言ってしまったのだろう」 という解釈を見かけることが多々あります。
しかし、これは大幅に間違った解釈だと私は思っています。

審査批判は、自分が評価されなかったことへの「愚痴」ではない

下記が実際の各審査員の評価点数です。

審査員 巨人 礼二 立川 富澤 松本 上沼 合計
見取り図 88 91 85 85 86 83 88 606
スーパーマラドーナ 87 90 89 88 89 85 89 617
かまいたち 89 92 92 88 91 90 94 636
ジャルジャル 93 93 93 99 90 92 88 648
ギャロップ 87 90 89 86 87 86 89 614
ゆにばーす 84 91 82 87 86 80 84 594
ミキ 90 93 90 89 90 88 98 638
トムブラウン 87 90 93 97 89 91 86 633
霜降り明星 93 96 98 93 91 94 97 662

ここから明らかなように、スーパーマラドーナの審査員全体での合計順位は6位なのに対して上沼審査では4位であり、むしろ上沼からは高評価を受けていたからです。つまり、上沼から評価されなかったというわけではないのです。そしてとろサーモンは、評価されなかったどころか前年の優勝コンビであり、審査にケチを付けることに何のメリットもない立場です。

では。
そんな立場の彼らが、一体なぜ上沼を批判したのでしょうか?

お酒やSNSのせいなのか

彼らの批判暴言について、SNSが発達したせいだと言う人もいれば、お酒を飲み過ぎていたせいだと言う人もいます。
もちろん、批判をSNSでするべきではなかったということも事実でしょうし、酔った勢いで暴言を吐いてしまうのは良くなかったということも事実でしょうし、それらを持って、「SNSの使い方には気をつけましょう、お酒の飲み過ぎには注意しましょう、暴言には気をつけましょう」という、誰もが知っている穏当な見解が結論として出回ることも理解はできます。

とはいえ、同大会の審査員をつとめていたダウンタウン松本人志は、大会から一週間後のバラエティニュースショーで、このように言っています。

松本:お酒飲んでSNSすんなってみんな言うんですけど、それはそれで僕は変なかばい方だなって思って。
松本:いくらお酒飲もうがまったく思ってないことは言わないですからね。
松本:そこは僕はごまかしちゃいけないなって思います。
松本:どこかでやっぱり思ってることがあったからなんでしょう。
松本:それはもうしょうがない。
松本:でも、これまた特に僕が怒ってもしょうがない。
松本:だって、そう思ってることを僕が怒ってもしょうがないので。
松本:ただ、スーパーでサーモンは買わないですけどw
(2018年12月09日 「ワイドナショー」)

私も同じことを感じています。SNSやお酒は脇道に過ぎず、元となった批判には彼らなりの「M-1グランプリという大会への思い」があったからこその発言だと思ったからです。けれども現状では、「彼らの心情や意見」を掘り下げる方向の言説があまりにも少ない。その思いの中心を捉えることなく、ただただ彼らの表現の稚拙さを叩く形で話題が消費されているように見えて、彼らが「言いたかったこと」にまで踏み込んだ議論がほとんど見られない。

だからこの記事では、まず彼らの言いたかったことを理解するための文脈を提供しようと思います。
そこから始めないと、彼らが可哀想だからです。それに何より、権力だとか干すだとか許すだとか、つまらない人間関係上の言葉で消費される上沼恵美子が可哀想だからです。必要なのは、両者の大会にかけた思いやそれぞれの正統性をこそ、検証していくことなのに。

そういうわけで、あらためて。
彼らが上沼を批判した背景には、一体どんな思いがあったのでしょうか? 

2、好き嫌い

彼らが上沼を批判したインスタライブ動画の批判部分はこうです。

久保田:自分目線の、自分の感情だけで審査せんとってください。1点で人の一生変わるんで
武智 :嫌いですって言われたら、更年期障害かと思いますよね
(2018年12月02日 武智個人のインスタライブ)

「好き嫌い」で審査することの是非

つまり、上沼が「好き嫌い」で審査したことを批判しているわけです。
これに対して、「好き嫌い」で審査しても良いじゃないか、と言う反論が多数あります。
例えばマツコ・デラックス

マツコ:言い方はともかく、明確な技術点が設定されているわけじゃない。
マツコ:好き嫌いでしか判断しようがないと思う
マツコ:上沼さんの好き嫌いで選ぶのが間違っているかということに関しては、間違ってないと思う。それしか選びようがない。自分が好きなスタイルなのか違うのか。それしか基準がない。
(2018年12月09日「5時に夢中!」)

あるいはハイヒールのリンゴ。

リンゴ:お笑いというのは、最終的には好みやから。その好みにバラつきがないように、審査員が何人もいてはんねん (2018年12月08日「あさパラ!」)

もちろん、それは真実でしょう。
けれどもそれは、いくつかの段階を経た上での「最終的な」真実に過ぎません。最初から「好き嫌い」での審査が推奨されているわけではないからです。

なぜか。

「好き嫌い」に含まれる様々な要素

「笑い」は好きな人に対して起きやすい、という性質があるからです。
すでに知っている人や、異性としての魅力のある人に対しての方が、笑いが起きやすい。
審査員も、自分が知っていて仲良くしている相手の方が、そうでない相手よりも面白く感じてしまうかもしれない。でも、それだと不公平です。だから、そういう 広い意味での「ひいき」をしてしまわないように、個人的な好ましさを差し引いて審査することが「笑い」の審査員には求められています。

M1グランプリで、審査員がよく「個人的によく知っているんですが…/親しくしているんですが…」という枕詞を使ってコメントしているのは、自身の認知度や親和度を除外考慮した上で審査していることのアピールの1つです。

つまり、その意味での「好き嫌い」を除外せずに審査することは、笑いの審査員としては100%失格です。他ならぬ上沼自身が大会の冒頭で発した言葉からも、彼女もこの前提を踏まえて審査に臨んでいることが明らかです。

上沼:今日の舞台の出来ですよ。私はそう思ってるんです。日頃の活躍なんて関係ないと思うんですよ
(2018年12月02日)

「好き嫌い」という言葉には、たくさんの要素が含まれています。そのために、誤解が生じやすくなっている。
だからこそ、久保田や武智が批判的に捉えている「好き嫌い」の意味と、上沼が個別の審査コメントで用いた「好き嫌い」の意味、それらの内容を丁寧に見ておく必要があります。

そこで、ここではまず、久保田と武智が「好き嫌い」以外の何を判断基準にするべきと考えていたかを見ていきます。その中身が分からないことには、上沼批判の真相も、そこから得られるハズの学びも立ち上がって来ないと思うからです。

「好き嫌い」には容姿への評価が含まれる

まず、M-1グランプリ2018の番組放送前に投稿された、とろサーモン久保田による次の発言が鍵になります。

お願い🤲
M1敗者復活戦があります視聴者投票みたいですね。お願いだから偏ったカッコいいとか可愛いの一票で入れないであげてください。それで勝ち上がる者が決勝でどれだけ酷い惨殺にあうかプロは知ってる。投票は簡単あきらかに受けてたとそれよりは受けてないこれが基準ですアイドルやないねんから
(2018年12月02日 https://twitter.com/kubotakazunobu/status/1069067342800277504 )

カッコいいから好き、可愛いから好き。そういう 「容姿への好き嫌い」で判断しないで欲しい、という意見です。
なぜこのような投稿がされたのか。
その背景には、「人気と実力」という対立があります。

3、人気と実力

容姿が良い者は人気を獲得しやすく、テレビなどの露出も増えやすく仕事ももらいやすい。一方、容姿に恵まれない者は舞台で観客を楽しませる実力があっても世間的な評価が追いついていないことが多い。
M-1グランプリは、それまで「人気」だったかどうかには関係なく、あくまで当日に披露された漫才の「実力」を評価することを前面に打ち出して2001年に開始されています。
大会発起人である島田紳助が、自分が世間の人気を獲得するきっかけとなった漫才に恩返しがしたいという思いから、漫才の実力がある者を発掘評価する場を設けたのがM-1グランプリだからです。
実際に、容姿にポップさの欠片もない「ブラックマヨネーズ」や「笑い飯」や「サンドウィッチマン」をチャンピオンとして輩出しています。

M-1グランプリ爆笑オンエアバトル

M-1グランプリが始まる少し前の1999年から2010年まで放送されていた番組、NHK爆笑オンエアバトル」との比較が分かりやすいので、比べて説明します。

出場名 オンエア率 出場回ごとの得点
ブラックマヨネーズ 2回 / 8回 193,197,477,249,425,237,413,265
笑い飯 1回 / 4回 293,289,193,425
サンドウィッチマン 0回 / 0回 出場なし

100人の会場客が審査して545が満点。10組出場する中から上位5組がTVオンエアされるという形式の番組です。M-1グランプリでは数千組の出場者の中で1位と評価された上記の人たちが、NHKが若手全体から「任意に選んだたった10組」の中で上位半分にも入れずオンエアされないことが多かった、という圧倒的事実。
もちろん、ネタが違う・会場が違う・時期が違うなど様々な別要因もありますが、 爆笑オンエアバトルでは番組観覧の一般客が審査するスタイル を取っているため、「容姿が受け入れやすい人であること」「知っている人であること」「分かりやすい笑いの種類であること」などが重視されやすい傾向にあったことは確かだと思います。
ことサンドウィッチマンに至っては、容姿のせいで出場すらさせてもらえなかったと話しているくらいです。

富澤:NHKとか昔はダメでした。ガラ悪くて
伊達:僕ら出禁でしたw 見た目で
〜中略〜
富澤:(爆笑オンエアバトルにも)出してもらえなかった
伊達:1回もですよ!
(2018年07月10日 「踊る踊る踊る!さんま御殿!!」)

もちろん番組を盛り上げるジョークとして自虐して言っている面もあるのだろうとは思いますが、それがジョークとしても成立してしまうくらい「容姿への好き嫌いが面白さの評価に混入する」というのは、よく知られた事実です。

M-1が掲げる実力主義

再び、審査員をつとめていたダウンタウン松本人志の説明に戻ります。

松本:だから、審査員を一般の人にしたらいいんじゃないかってずっと言われてることですがね。それを僕はなぜ違うかなと思うのは、どうしてもプロが見てるという緊張感の中でエンターテインメントってすごく向上していくので。一般の人に向けての笑いばかりやっていると絶対クオリティー下がっていくと思うんですよね。
(2018年12月09日 「ワイドナショー」)

アカデミックの世界では、専門家の評価は専門家がするのは当然で、それと同型の構造がエンターテイメントの世界にもある、という話です。一般観客の審査では、どうしても容姿など「実力以外の要素」まで評価に混入されてしまい、そこには文化的発展性がない。だからこそ誤魔化しの効かない「実力」をプロが見て審査して、文化として成長させて行く、と。

素人審査では容姿などを含む「人気」投票に陥りやすいから、プロによる「実力」の審査をする。
M-1グランプリが当初から掲げている看板です。先の久保田のツイートは、それに沿ったものです。
では、実力とは何か。
ここで、「芸人らが絶賛するもっと売れるべき芸人」とタイトル付けられた動画を見てみます。

芸人らが絶賛するもっと売れるべき芸人

2006M-1決勝進出のライセンスと、2008M-1チャンピオンのノンスタイル

石田:プラスマイナスは評価されてほしいなー
井本:俺も評価されてほしいねんな
石田:ええ漫才師ですわ
井本:ええ漫才師、ほんまにあれは。あれはホンマにええ漫才師やな。。ネタ終わってさ、袖バーって下りてきてさ、すぐ二人でなんか喋ってるやん、で次のネタ見るやんか…何にも変わってへんねんw 一体あの時間なんやねやろって思うねん。笑
石田:笑 …でもあれ、岩橋の中で、めちゃくちゃ変わってるらしいですよ
井本:うそ!?
石田:もう僕も何回かこう、うっすらと聞いたことあるんですけど、ほんまにもう、コンマ単位のタイミングとか、声量とか、この言葉をもっと大事にしろとか、そういうことをお互い言い合ってるんですよ
井本:確かにお互いに言い合うもんな
石田:そうなんですよ、だからよく聞くと、変わってるんですよ。でも、あんだけ打ち合わせしてるからまあ僕たちも結構ざっくり変えたんかなって思うんですけど、めちゃくちゃ細かいところが。
〜中略〜
井本:すごいよな、あいつら。ほんと賞とかさ、取っていいと思うねんな
石田:ですね
井本:ちゅうか年間通してさ。なんかその大声コンテストとかあるやんホーンとかいうの?ホーンとかデシベルとかいうの、あれで1年間のやつ測ったら多分1位やでアイツら
石田:1位ですね、笑い声だけ。お客さんの笑い声しかり
井本:だから、あれを評価されんと嫌じゃない?俺らも
石田:そうなんです
(2017年09月25日 よしログ https://www.youtube.com/watch?v=DW8rMzU_AiI )

よしもと男前ランキング上位のコンビ、ライセンス。長らく女子中高生人気No.1だったノンスタイル。「実力派漫才師」であるより前に「人気漫才師」という冠を付けられがちな彼らが話している事実を思えばこそ、ノンスタイルと同期であるとろサーモン久保田やスーパーマラドーナ武智がどんな考えを持っているのか想像するのは難しくないはずです。

4、敗者復活戦

ここで、久保田がツイートした数時間後、敗者復活への投票も終わり、結果発表を待つ頃まで時計の針を進めてみます。
TVの本放送ではM-1グランプリの大会ルール説明などが放送される中、ABCラジオでは2001M-1準優勝のユウキロックが敗者復活戦の様子を説明します。1組ずつ敗者復活戦出場者のネタの出来を説明する中、プラスマイナスについて準決勝敗退時を振り返りながら話しています。

敗者復活への視線、先輩芸人

相原:(準決勝について)もう爆笑に次ぐ。普通の(劇場)本公演でも物凄いからね、ウケ方は。無冠の帝王ですもんね
ユウキ:僕も(決勝に)行ったと思ったんです、でも行けなくて。で、今回(敗者復活)は準決勝と同じネタでも良かったと思うんです、でも変えてきて。それも、もう(芸人の)皆さん知ってるような、モノマネも多数したネタをやったんですよね、本当にラストイヤーで全てを出すためにこのネタやったんじゃないかって、ぼく思って。で、最後は爆笑きちっと取って終わったんで
相原:プラスマイナス全集みたいな
ユウキ:全集を出したんですよ。だから僕は(敗者復活から決勝に)出してあげたいな、と
相原:個人的には僕プラスマイナスには行ってほしいな、ラストイヤーやし、個人的に仲も良いし。でも足らないものが一つだけあるんです、、人気です。w
ユウキ:人気かー
喜多:くわー、大事
相原:冷静に考えてw 太った小太りのおっさんが、ね、顎をカッカ、カッカ、拳でカッカカッカやる、笑てるのおっさんだけですよw そら女の子悲鳴あげますからね、なにこのひとーてw
ユウキ:パラさんの言う通りでね、僕この仕事やってるから投票だけはせんとこうと思ったんですけど、今回だけは、(プラスマイナスに)投票しようかなと思ったくらい、後押しせんとあかんかなと思うくらい
相原:そうなんです、でも面白さは圧倒的やからね
久馬:でも人気ない枠はギャロップおるからね、もうw 同じようなね
相原:ちょっとね毛並みが違うのよ、ギャロップだけにw
(2018年12月02日 「ラジオでウラ実況!?Mー1グランプリ2018」)
(出演:メッセンジャー相原、ユウキロックザ・プラン9お〜い!久馬シャンプーハットこいで、喜多ゆかり)

ラストイヤーと呼ばれる人たち

M-1グランプリでは、大会出場の条件として「コンビ結成15年以内」を掲げています。
そのため、結成15年、大会に出場できる最後の年を迎えたコンビを「ラストイヤー」と呼んでいます。
大会創始者である島田紳助がコンビ歴の条件を定めたのには、ある目的がありました。曰く、才能がなくてだらだらと芸人を続けているせいで人生が上手くいってない人たちもいる、他の業界に行けば活かせる才能があって別の人生があるかもしれないのに可哀想だ、だからある程度やっても結果がでない場合にはすっぱり芸人を辞めるきっかけを作ってあげないかん、そのためにもそういう奴らを憧れさせて芸人の世界に引き込んだきっかけになった松本が審査員をせなあかん、と。それがコンビ歴の条件が設定されたきっかけでした。(たしか「松本紳助」という番組でこれらを語っていたハズですが、手元に資料がないので記憶頼りに書いています、誰か正確な書き起こしあればください)

今では大会を盛り上げるドラマの要素として番組側も「ラストイヤー」の言葉を多用していますが、やはり「テレビで活躍したい・売れたい」と思う漫才師にとっては、M-1グランプリ以上のチャンスが存在しないのも現実です。 そして、先のラジオ番組で解説をつとめるユウキロックこそが、2001M-1準優勝後にもM-1(またはTHE MANZAI)に挑み続けるも結果を残せず、コンビ解散を決めた一人です。
その2001M-1で優勝した中川家は、当時のラストイヤー。
優勝できなければ引退も考えていたという中川家の礼二はテレビの審査員席に、そして準優勝のユウキロックは芸人を引退してラジオの解説者席にいるのでした。

今回のラストイヤー

今年のM-1グランプリ2018では、ラストイヤーと呼ばれる決勝進出コンビが多数いました。
それがジャルジャルスーパーマラドーナギャロップです。

つまり今回、上沼批判をして炎上した武智のコンビ、スーパーマラドーナはラストイヤーでした。
そして同じく炎上した久保田のコンビ、とろサーモンも、ラストイヤーだった前年にして優勝を果たしたのでした。
彼らは、同じ吉本NSCの22期生です。
そして実は、問題となった動画にはもう一人の22期生がほんのり映っています。それがギャロップの林です。
ギャロップもまた、今年がラストイヤーでした。

後述するように、上沼批判の背景には実は「ラストイヤー」が大きな因子として横たわっています。

どのコンビも漫才の実力があり、面白いという芸人からの評価はあるものの、テレビで大きく活躍するきっかけをなかなかつかめずにいました。だからこそM-1グランプリという大会に、大きく売れるためのきっかけを求めているのでした。

ちなみに、同期なのにとろサーモンは前年、スーパーマラドーナギャロップは今年がラストイヤーとなっているのはなぜなのか。
それは、M-1グランプリがコンビ歴を条件としていて、コンビ活動休止やコンビ変更などによってコンビ歴が芸歴より浅くなっている人たちのラストイヤーは遅くなるためです。
学校で例えれば、留年して卒業が遅くなっているのがスーパーマラドーナギャロップです。その留年していた時間は、そのまま「全く売れずに苦労していた時間」を表します。
そのたとえで言えば、とろサーモンは2年間の留年、そしてスーパーマラドーナギャロップは3年間の留年です。

大阪NSCの年表でM-1決勝関連をWikipediaから転載します。

22 1999 ダイアン、キングコング山里亮太南海キャンディーズ)、村本大輔ウーマンラッシュアワー)、なかやまきんに君ネゴシックス久保田かずのぶとろサーモン中山功太林健ギャロップミサイルマンスーパーマラドーナグッピーこずえ、七世一樹、ひのひかり智丸尾ユウキャン梶剛(元・アイスクリーム)
25 2002 秋山賢太(アキナ)、ジャルジャルプラス・マイナス銀シャリクロスバー直撃、ヒューマン中村、グイグイ大脇、森田展義、新名徹郎、ハロー植田、カズマ・スパーキン、ナゲット村井、信濃岳夫安井まさじ、西山裕大、もりやすバン

(なお、吉本NSC経由ではないため記載されていませんが、ノンスタイルも22期と同期扱いとなります。)

そのため今年のM-1グランプリ、同じラストイヤー組であっても、芸歴とコンビ歴が一致するジャルジャルやプラスマイナスは3期下の学年となっています。

波紋の始まり

ここまでを踏まえ、M-1グランプリ2018の本放送を見てみます。
この日、準決勝で敗退した者たちによる敗者復活戦が直前まで行われており、視聴者投票によって決勝進出を決めることになっていました。本放送では、それぞれの審査員紹介をした直後、敗者復活の投票結果発表を前にして、司会の今田が上沼に水を向けます。

今田:あの上沼さん、敗者復活の方にはマジカルラブリーも来てるんですけどもw 去年の、覚えてますでしょうか?
会場:(笑)
上沼:あ〜、そうですね

前年大会で上沼がマジカルラブリーを酷評して叱りつけたことから「上沼怒られ枠」という言葉が生まれ、大会前から「上沼の辛口審査が誰に向かうのか」が取り沙汰されていたことを受けてのものです。

今田:もしかしたら、決勝に戻ってくるかもわかりません!
上沼:うわ〜。…ミキが来て欲しい♪
会場:(爆笑)
今田:やめてください、マジカルラブリー見てますよw
(2018年12月02日 Mー1グランプリ2018)

このやり取りのあと、番組では敗者復活の投票結果発表へと進行していきます。
ここで、上沼が咄嗟に挙げたミキとはどういうコンビなのか確認しておきましょう。

ミキとは何者か

前年の2017M-1で3位となったミキ。それまで関西圏でも人気を集めていましたが、前年大会をきっかけに知名度と人気が全国区へと広がった、いま最も勢いがある若手の兄弟漫才師です。特に、弟の容姿が可愛いということで女子人気が高いという特徴があります。 2004M-1準優勝の南海キャンディーズ山里が、自身のライブ「140」がミキのライブと同じ福岡の劇場で行われた際に、ミキについて語っています。

山里:ピックリした、客層の違いに。
山里:うちの140見に来るお客さんは、もうリスナーもたくさん来てくれたし。
山里:で、結構、世代的には僕に近かったりとかするんだけど。
山里:ミキの方は、やっぱ若い女子中高生とかが多くて。
山里:で、凄いらしいよ、その人気が。
山里:まぁ漫才はもちろん面白いじゃない。 実力的に面白いんだけど、どうやら弟がとてつもない人気らしくて。
山里:聞いたらよ、 ルミネとかの単独で、チケットはもう即完で取れないって中で、グッズだけでもっていうので、ルミネの7階から1階まで、列がズーッて並んでんだって。何千人って並ぶらしいよ。
山里:凄い人気なの。まぁ、全部弟だと思うけど。まぁ、凄いみたい。
(2018年03月14日 TBSラジオ山里亮太の不毛な議論』)

そんなミキの伯父は、上岡龍太郎。後に大阪府知事となる横山ノックらと『漫画トリオ』として人気を博した漫才師で、関西圏では知らぬ人がいないほどTVで活躍した芸人です。
けれども、そのことはあまり知られていませんでした。
ミキの2人が、伯父が上岡龍太郎のコンビとして注目されたくないという理由で、ミキ自身の実力で売れ始めた2017年まで公表していなかったからです。
つまりミキも、「実力」を評価されたいと強く願い、M-1グランプリという大会に臨んでいる人たちなのです。

敗者復活、結果発表

けれど、多くの芸人の証言を辿れば、この日の敗者復活戦会場で1番ウケていたのはプラスマイナスでした。
本人たちも冗談を交えながら「8割方、自分たちが決勝に行くと思っていた」のだと述懐しています。

そんな中、TV本放送では、敗者復活戦への投票結果が下位から順に発表されていき、残るはプラスマイナスとミキの2組となります。
先ほど紹介したラジオ番組では、2001年大会以降のM-1で芳しい成績を残せなかったことでコンビ解散に至ったユウキロックがこう叫んでいます。

ユウキ:うわあ、プラスマイナスとミキや、頼む、プラスマイナス来てくれ、ミキはまだチャンスあるやんけ
(2018年12月02日 「ラジオでウラ実況!?Mー1グランプリ2018」)

本放送で映し出される屋外会場。敗者復活戦を司会する陣内が、残った2組を紹介します。

陣内:さあそして、残った二組です。ミキ、そしてプラスマイナスです!さあミキ残ったよここまで、去年はファイナリストでした
昴生:もう絶対に行きたいです、絶対行く!
陣内:亜生は?
亜生:いや、一回ここで2位で惜しくも敗れてるので、今回は1位でなんとか行かしてもらいたいなと思います
陣内:ねえ、前回のあの舞台立ちたいですね。
亜生:そうですね
陣内:さあそしてラストイヤーのプラスマイナスです!さあ岩橋残ったよ
岩橋:いやもうずっとね、テレビで見てて悔しい思いしてたんでね。あの同期のジャルジャルとかね、マラドーナさんと、、、一緒に戦うぞ!
陣内:さあ兼光は?
兼光:俺らの方が絶対行く!
陣内:巨人師匠居てるよ、巨人師匠は?
兼光:巨人師匠、絶対行くよ!
陣内:モノマネせえや、モノマネw
(2018年12月02日 Mー1グランプリ2018)

そして決勝スタジオ。司会の今田が決勝進出者を読み上げ始めます。

今田:敗者復活戦を制し、Mー1グランプリ2018決勝戦に進出できるラストの枠を勝ち残ったのは、、
今田:エントリーNo.2071番、ミキー!
(2018年12月02日 Mー1グランプリ2018)

ABCラジオでは、流していたTV放送の音声が止まり、ラジオブースへと音声が切り替わります。

ユウキ:いや〜もう泣けてくるわ俺
相原:(プラスマイナスは)ラストイヤーやで〜、、ドラマやな〜
ユウキ:いやそうかー、マジかー、、現実見たなやっぱり。いやもうでけへんわ俺もう。いやショックや
(2018年12月02日 「ラジオでウラ実況!?Mー1グランプリ2018」)

もう1組のラストイヤー、プラスマイナスの心境

この日すべての本放送を終えたあと。3度のM-1グランプリ決勝を経験したキングコング梶原のyoutubeライブで、プラスマイナスは数時間前の自分たちの心境を語っています。

カメラマン:手応え的にはどうやったんですか?
岩橋:直前に兼光に、発表される前に「何割くらい行けたと思う?」て聞いたら「8割」て言うてたから
梶原:8割はなかなかやで
岩橋:終わった瞬間、みんなにね、「行った」「行った」言われたんですよ。
~中略~
梶原:岩橋的にはどうやったん?
岩橋:僕的にも行った思って、ずっと決勝のネタ合わせしてましたから
梶原:(うなだれながら)そうか〜
岩橋:まあでもネックやったんが僕らの人気(がない)っていう部分と、あとミキの人気(がある)っていうのもあるじゃないですか。ほんで、ミキが凄いのは、人気だけじゃないんですよ。みてくれ(外見)だけじゃなくて、ほんまに面白い!
兼光:面白い!
~中略~
岩橋:まあでも長年培ってきた人気の差っていうのも出たんかなっていうのも、2万票の差(過去最少の僅差)やったら思いましたし。でも本戦でミキめっちゃ頑張ってて面白かったんで、僕はもう敗者復活戦代表としてようやってくれたなって思いましたけどね
(2018年12月02日 カジサックの部屋 https://www.youtube.com/watch?v=ff7oBoHws0E )

敗者復活への視線、同期ジャルジャル

プラスマイナスと同期で、ラストイヤーのジャルジャル
大会の翌日収録となるラジオで、その時のことを話しています。1年前の大会では珍しく泣いていた福徳に対して、今年の大会でも泣いていたのでは?と言う話の流れから。

福徳:泣きそうもなかったし
後藤:このMー1全体を通して泣きそうもなかった?
福徳:いや、あった! …プラマイがあかんかったとき。
後藤:あれは、ちょっとやっぱ、泣きそうと言うより、、、うわーって言う。
福徳:そう。ただ俺あんとき、気合い入ったわ
後藤:入った入った
福徳:もうやったるわ思って
後藤:ほんまにちょっと心のどっかで、プラマイやろなって思っててん。でプラマイが(決勝に)来たらプラマイが(決勝の空気を)持ってく大会になるんちゃうかなって思ってた反面、まあ気合いは入ってたから、気合いは入ってるけど入ってないみたいな。プラマイの大会になるやろなって思っててん。で、プラマイがあかんってなってから逆に気合い入ったもん
福徳:うん、気合い入ったな
(2018年12月08日 ジャルジャル『しゃべってんじゃねぇよ!』)

ラストイヤー組として、プラスマイナス岩橋から名指しを受けたジャルジャルの心境はこうだったのだとして。
同じく名指しを受けたラストイヤー、スーパーマラドーナ武智の心境はどんなものだったでしょうか?
それまで敗者復活戦で1、2位を争うウケながらも長らく決勝進出は果たせず、ラストイヤーにしてようやく決勝進出が叶い優勝を果たしたとろサーモン久保田は、どんな思いで大会を見ていたのでしょうか?

このとき、たいして思い入れがあるわけでもない私の脳内でも、プラスマイナス岩橋の叫びがリフレインしていました。

岩橋:いやもうずっとね、テレビで見てて悔しい思いしてたんでね。あの同期のジャルジャルとかね、マラドーナさんと、、、一緒に戦うぞ!

敗者復活への視線、審査員席の上沼

そんな状況の中、敗者復活が決まったことを受けて、本放送では決勝スタジオに画面が戻ります。

今田:さあこの結果になりました上沼さん!
上沼:嬉しい!
会場:(笑)
上沼:いや、でもちゃんと審査させていただきますよ
今田:もちろん審査はね
上沼:今日の舞台の出来ですよ。私はそう思ってるんです。日頃の活躍なんて関係ないと思うんですよ
今田:そうですね
上沼:今日こんな緊張された(会場の)皆さんも緊張されてる、そしてすごい方が全国でご覧になっている。その中でどれだけの日頃の力が発揮できるかですから、ミキを特別扱いするかなんて、全くしません!
今田:はいw 散々さっきまでやってましたけどもねw
上沼:(頭を抱えるリアクション)
会場:(笑)

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さっきまで散々ミキを特別扱いやってましたけどねw

今田:ここからはもう本戦ですから
上沼:はい、そうです
(2018年12月02日 Mー1グランプリ2018)

図らずもこの敗者復活を境に、ミキを因果の特異点としてラストイヤー組の運命が束ねられ始めていきます。そしてなぜか、その因果を束ねているのが上沼恵美子に見えてしまう、という現象が起きてしまうのです。上沼恵美子インキュベーターかよ。

それこそが、とろサーモン久保田とスーパーマラドーナ武智の批判暴言に繋がった真相だと思うので、、順に見ていきます。

5、決勝本戦と審査コメント

会場の雰囲気について、「今年は重くウケづらい雰囲気だった」と多くの人が証言しています。
審査員の松本は、番組終了間際に優勝トロフィーを渡しながらこう話していました。

松本:なんかねぇ、前半は全体的に重かったやないですか。でも後半みんながチームプレーみたいな感じで漫才を盛り上げてくれてるのが…もうちょっと俺、おっさんやから泣きそうになってるわ。ごめんなさいね
(2018年12月05日)

決勝の雰囲気について

この雰囲気について、準優勝となった和牛が振り返りながら、鋭い分析をしています。

川西:まあでも、なんか今年は、僕ら復活したM1からずっと出さしていただいてて、2015年ですか。15、16、17、18、今年で4年目。ぜんぶ出さしてもらえたやん、ありがたいことにな。
水田:そうやな
川西:ちょっとやっぱり、なんかちょっと、毛色ちゃうかったなあ、空気感。
水田:そうやなあ。なんやろう、点数もちょっと昔のM1みたいな点数みたいやったよなあ。最初、けっこう。
川西:いや、えっとね、そこもちょっと思うことあんねん。昔のM1は点数ももっと低いねん。
水田:もっと低いんや?
川西:もうちょっと低いねん。
水田:ああそうか
川西:で、重い。なんて言うかな、空気が流れてる。でもね、点数はまあ、フワッと割とこう、ついてたなあとは思うねん、冷静に見たときに。600点台とかから始まってるからな。
水田:うん
川西:でも、なんやろう
水田:でも辛口コメントがさ、ブームになってたやんw
川西:そうそうそう、そうやねんなあ
水田:審査員の人らも、「そっちがそこまで言うなら、こっちもこれぐらい言っとこう」みたいな。全員でブーストかかってるみたいになっとったやんw
川西:ジリジリ、ちょっとシビア路線になっちゃって。なんやろなあ、例えばトップバッターの見取り図とかも、なあ。今までにないことで、全員にコメントを振ると。
水田:たしかに多かったね、コメント
川西:やっぱりあれはM1が30分放送時間が長なってる、っていう
水田:あ、そうか!
川西:そう、そこ。まずそこがね、1点違うし。
水田:だからか!
川西:うん。なんかね、細かい要因が重なって重なって、ガラッと変わったんやろな。
水田:うーん
川西:だから、なんやろ。打ち上げの場で、なんか落ち込んでる人多かったもんな(笑)
水田:せやなw
川西:全然そんなことないよ、って。その自分らがまあ、そういうラインにこう、かすらなかったから言う訳でもなく。全然そんなことなかったやん。堂々と胸張っていい漫才やってたやん、普段通りみんなさあ、落ち着いて。
水田:うん、やってたやってた
川西:でもなんか、例年に比べて落ち込んでるやつ多かったなw
水田:たしかにw 落ち込んでる人おったな
川西:あれはなんかやっぱりなんやろ、今年のM1の、ちょっとちゃうかったあれが引き起こした現象やね
水田:まあなんか、いろんなM1を体験できてるよね
川西:まあまあ、そうやわ。けっこう酸いも甘いもんもな
水田:みんなバンバンウケるようなM1も経験したし
川西:経験した、経験した
水田:昨日みたいな、「おおちょっとなんか、なかなか難しそうやな」みたいなんも経験したし
川西:なんかだから、なんか団結感がすごかったわな、芸人のな。「このスタジオの感じvs芸人」みたいな、「M1vs芸人」みたい構図にちょっとなってたよな
水田:なんか、誰かがえみくじ引かれて行くたんびに、「行ってこい!」みたいな感じに
川西:「おーし行ってこい!」って。カメラでそこのシーンて抜かれてるからみなさん見てはると思うけど、なんやろ演出的なこととかそういうのこと抜きの、本当に。「うおおっ!」ていうその一喜一憂が引かれた瞬間はあるけど、そのあとはみんな「しっかりな!」っていう
水田:そうやな
川西:「いつも通りやり切っておいでや、出し切っておいでや」っていうな。
水田:あったあった
川西:まああと、これは自分らが芸歴を重ねてきたっていう証拠でもあるよな
水田:あと、1組ずつ終わってからの「お疲れさま!」ていう感じが今までよりあったよな。
川西:いちばんあった!
水田:やっぱその、「ちょっと苦労してるな」っていう感じが分かるやん、こっち芸人は。
川西:だから、M1、あのスタジオ丸ごと空気vs芸人、「これどう打破すんねん?」てなったっていうことやわな。
水田:そう。立ち向かった戦士たちに向かっての
川西:うっすら趣旨変わってたもんなw
水田:でもえらいもんで、皆んなの力で段々、あったかなってきて
川西:すごいよ、みんなかっこいいなぁて思ったしな
(2018年12月05日「和牛のモーモーラジオ」)

全く同じことを、キングコング梶原も語っています。
昨年までと比べてM-1グランプリ2018という番組の放送時間が30分以上も長くなっていたため、最初のコンビがネタを開始するまでの待ち時間が長くなり、前説で温めたハズの会場が緊張して冷たくなっていたのではないか。また、長くなった放送時間を審査員コメントにも割り振っているため、例年では2人くらいに聞いて終わりだった審査員コメントが、今年はほぼ全員に聞く進行となり、それが辛口コメントを増幅させて会場の緊張を増したのではないか。

(2018年12月02日 カジサックの部屋 https://www.youtube.com/watch?v=ff7oBoHws0E )

実際にどんな審査コメントだったのか、トップバッターの見取り図へのコメントから見てみます。

見取り図への審査コメント

ネタ後、いくつか見取り図との感想のやりとりがあったあと。

今田:ただ気持ち良い感じで、後半につけてドンドン、ドンドン、ウケてったんじゃないですか?計算通り。
盛山:そうですね。お客様も優しくて
今田:いやー、点数の方が楽しみです。
上戸:さあ、審査員のみなさん、点数お願いします。
今田:いやー、トップバッターですけども、これは面白ければもう、高得点いってもいいんじゃないでしょうか?
今田:さあ。トップバッターで優勝したっていうのは中川家だけなんですよね、このM-1の歴史で。
今田:さあ、運命の点数です!

その前振りから、点数発表。昨年よりは低いものの、全体としては悪くない600点台の点数となります。

今田:600点超えました!トップバッターで!
今田:さあ、ちょっと審査員のみなさんにも訊いてみたいと思います。上沼さん、いかがでしたでしょう。
上沼:前半が、古いです。笑いが。私たちがやってた頃のなんか
今田:懐かしい?
上沼:うん、懐かしい。ところが後半でガッといきましたから。後半からのあの調子でいってほしかったな、と思うの。もう時間が足りなかったな。うん、惜しい。88は私、ほんとは86と思ってたんだけど、トップバッターだからちょっと、色を付けさせていただきました。
盛山:2点もつけていただいてありがとうございます。プラスしていただいてありがとうございます。
上沼:でもほんとに、アガらないって凄い。
今田:どうでした、緊張は?
盛山:めちゃめちゃ緊張してました、僕。
上沼:してなかった。
会場:(爆笑)
盛山:いえいえ、してたんですw
リリー:してました、してました。
会場:(笑)
今田:上沼先生が言うてはんのや! 君らウソつくんやない!w
盛山:してましたもんw
今田:してませんでしたよね、これっぽっちも。
上沼:(うなずく)
会場:(笑)
上沼:…見事でしたよ。
盛山:そう思っていただけてありがたいです。
今田:ほんとにね。さあ松本さん、いかがでしたかトップバッター
松本:そうですねw
今田:ねえ難しかったと思いますが
松本:えー、うん、、そこまで、ウケてなかったかな。
今田:なるほど、やはり前半とか?
松本:うん、、もうちょっと笑い欲しかったかな
今田:なるほど、やっぱこの4分の間に、たくさん笑いがと言うのはね。
今田:さあ富澤くん、いかがでしたでしょうか
富澤:勾玉とか非常に面白いワードがいっぱいあったんですけど、後半もうちょっと欲しかったかなというのはありましたね。
今田:もっと欲しかったと、はい。さあ志らくさん、いかがでした
志らく最初聞いているうちはなんか新しさがないから、あ、これはほんとに50点くらいつけようと思ったんですけど、だけど、あの、マルコ牧師で70点くらいまで跳ね上がって、須田えり子で85点まで。

大会の空気を規定する審査員

どの芸人もやんわりと指摘するだけで明言こそしていませんが、審査員の上沼恵美子立川志らくがトップバッターの見取り図に対して「古い」と厳しく評価したことが、この日の会場を重くした大きな要因だろうと私は想像します。
たしかに松本の言う通り、ゆにばーすがトップバッターとしてネタを披露した前年に比べるとウケは小さかったかもしれませんが、見取り図の本人たちは点数発表前に盛山が「(会場)お客様もやさしくて」と言う通り、テレビ画面越しに聞こえる笑い声はそこそこあり、決して酷いわけではありませんでした。
実際、2日後のラジオで見取り図の2人はこのように語っています。

盛山:僕ら結構ええ感じやったし、どんなん言っていただけるんかな思ったら、なかなか、ね
リリー:せやな
盛山:僕ね、途中から審査員さん全員、セルジオ越後に見えてきて
リリー:辛口のね
〜中略〜
盛山:今回ちょっと僕ら、ネタが審査員のみなさんに刺さらなくて
リリー:そうそう
盛山:上沼恵美子さんから「ネタが古い」て言われましたw
リリー:言われたことない「古い」って
盛山:まあでもこれを真摯に受け止めて。「私らがやってた時代の漫才」って
リリー:そんなわけないw
盛山:スポブラとかも当時あったかもしれん、俺らが知らんだけでw
盛山:それか物自体が古いんかもしらん、勾玉とかw
(2018年12月03日 よしもとラジオ高校らじこー見取り図)

審査された本人たちが「何が古かったかわからない」とラジオで語るほどですから、観客はどう思ったことでしょう。
なにしろ、審査員の上沼と志らくは「前半が古い」と評価した一方で、審査員の富澤はその前半にある「勾玉」などのワードを評価しながら「後半もうちょっと欲しかった」と語っているくらいなのです。審査員の中でも評価が分かれているように見えるのだから、観客であればなおさらでしょう。
もちろん、前半で笑えなくて、「古い」という指摘に納得した人もいたかもしれません。けれども逆に、前半で笑った観客の中には、審査員が「古い」と評価したことで、「あれ?わたし、あそこで笑って良かったのかな、古かったのかな?」という思いがよぎった人もいただろうと思います。その観客は、後に出てくるコンビのネタに対して、「これで笑っていいのかな?」と感じて笑いづらくなったことでしょう。
このトップバッターに対する上沼と志らくの審査コメントの流れが、今年のM-1グランプリは新しいものじゃないと笑ってはいけないのかな?と言う空気を規定したと私は思います。おそらくこの流れによって得をしたのが、ジャルジャル・トムブラウン・霜降り明星でしょう。
つまり、最年少で新しいタイプの漫才を披露した霜降り明星が優勝した大きな布石として、トップバッターの見取り図への審査コメントがあったと私は感じています。
もちろん、これこそが松本の言う「プロが見てると言う緊張感の中でエンターテイメントは向上する」の真髄だとも思う一方で、上沼や志らくについては、もう少し「どこが古いのか」を具体的に説明する必要があっただろうと私は思います。

少なくともこのあとに登場する漫才師の心境としては、「会場をやりづらくする審査コメントを放ってくれたな」と苦々しく思った人もいたことでしょう。後半に登場するミキ昂生が、そのネタ披露後の立川志らくの審査コメントに対してぶち込んだ次の言葉は、その演者たちの気持ちを代表していたのではないかと私は感じました。

志らく:恐らく今日やった漫才のなかでは一番素晴らしいし、今後30年40年、漫才師として生きているのは、恐らくこのお二人だろうと、思います。ただもっとなんか凄い新しいモノをどーんとこういう、なんか、欲しいですね。なんか心が揺れるくらい、うわーっ、すごい、この発想は我々には到底及びもつかないっていうような、ものすごい新しいものがあったらば、10点くらい上乗せしましたけれども。
昂生:なるほど。志らく師匠、あの、良いことだけ言ってください。これからも

ミキの昂生が「これからも」と言うのは、別のコンビへの審査コメントでもそうして欲しい、という意味です。自分たちへのコメントに辛辣な部分が含まれていることへのツッコミに留まらず「これからも」と昂生が言うのには、大きな別の意味があることが読み取れると思うのです。
和牛の川西は、決勝進出した演者全員が、会場を盛り上げようという気持ちで団結していたと語っていました。和牛は丁寧に個別批判を避ける形で語っていましたが、それぞれの演者が語る言葉を1つ1つ紐解いていけば、会場を冷やした最大要因である立川志らく上沼恵美子の審査コメントにムカついていた演者もいただろうなと私は推測しますし、ミキ昂生の発言は、それを裏付けるものだったと言えるのではないでしょうか。
ちなみに、上沼恵美子の審査コメントは立川志らくと同じ辛口コメントでありながらも最終的に笑いを取っているものがほとんどでした。ただ、「好き・嫌い」という言葉を多用している。なので、そこをどう評価するかで上沼恵美子にムカついた人や立川志らくにムカついた人がわかれただろうなと私は推測します。
(だから立川志らくの審査について述べている下記ブログについては「半分わかるけど、半分たりてない」と思います。)
http://memushiri.hatenablog.com/entry/2018/12/04/213330

さて。トップバッター見取り図への審査コメントが規定した重い空気の中で、各演者のネタと審査が進行していきます。
ここからは、上沼の審査コメントに演者がムカついたであろうポイントに絞って説明します。

ジャルジャルへの審査コメント

予選ではトップのウケだったと証言する芸人も多く、優勝候補だったジャルジャル
実際この日の決勝でも、会場を爆笑させる漫才を披露しました。
審査員も軒並み90点台の高得点を付ける中、ひとり88点と低得点をつけた上沼。

今田:さあ、上沼さん。いかがでしたでしょうか。
上沼:振らんといて…。
今田:来ました、「振らんといて」がw いちばんちょっと辛めの点数でしたが
上沼:ジャルジャルのファンなんですが、ネタは嫌いや。
(??:出たな〜)
(??:E%&やわ〜)
会場:(ザワつく)
今田:このネタはあんまり?
上沼:ごめん
今田:好きくない?
上沼:ごめん。次回作るときに大変やと思うし。
今田:(舞台裏に向けて)はい裏側、笑わないよー 会場:(笑い)
上戸:ザワザワ、ザワザワw
今田:それも審査員のみなさんの考え方ですから。
上沼:ごめんね。ごめんね
今田:いえいえ、とんでもないです。

放送を丹念に見返すとたしかに聞こえているのですが、上沼の「嫌いや」に対して小さく入り込んだ「出たな〜」という感想の声があります。声としては松本のようにも聞こえるのですが、それが誰の声なのかは分かりません。ただ、予想外に辛口な上沼のコメントにザワついた会場と舞台裏をフォローするために今田が「裏側、笑わないよー」とツッコミを入れています。

すでに人気を獲得しながらも、ラストイヤーまで漫才に向き合ってきたジャルジャル。会場ウケも申し分なし。
そんな彼らのネタを「嫌い」のひとことで否定した上沼を、同じくラストイヤーだった武智はどう思ったか。再掲します。

武智 :嫌いですって言われたら、更年期障害かと思いますよね
(2018年12月02日 武智個人のインスタライブ)

上沼がこの日に「嫌い」と発言したのは、ジャルジャルに対してだけです。
つまり、炎上した武智による上沼批判は、ジャルジャルへの審査コメントを念頭に置いたものだとわかります。

ギャロップへの審査コメント

予選ではジャルジャルに次ぐ2番目のウケだったとも言われるギャロップ
ジャルジャルほどテレビ露出がなく新鮮味も感じられるだろうから1番の優勝候補なのではないか、とも目されていました。
しかし、この日の会場では思ったほどウケなかったようでした。

富澤:見てて非常に、おじさんの安心感みたいなのはあったんですけど。デザイナーとかあの辺も面白かったんですけど、なんか爆発はしなかったかな、という印象ですね。
今田:なるほど。さあ上沼さん、いかがでしたか。
上沼:全く同じ意見です。4分のネタではなかった、はい。なんか落ち着いて、寄席へ見に行って、これから15分楽しくなるんやろなっていう、、惜しいな。ちょっと場所負けしたかな。そんな感じがしました。ごめんね
今田:さあ、松本さん、いかがでしたか。
松本:そうですね、だいたい僕もみなさんと同じですかね。あと、その林君かな、言うほどハゲてないからねw
会場:(笑い)
林 :いやめちゃめちゃハゲてますよ!
毛利:ハゲてるでしょ!
今田:いやめちゃめちゃハゲてますよ!
林 :え、どないなってます?
今田:大丈夫や、間違うてないよ
林 :大丈夫?
今田:大丈夫や、ちゃんとハゲてる
林 :ちゃんとハゲてる? 大丈夫。(首を傾げる)
巨人:いやー、なんでこのネタやったんかなって思う。今年の最初からすごいええ漫才やってはったんですよ。これはひょっとしたらダークホースNo.1かなって思ってました。もっとおもろいネタいっぱいあります。劇場でもう、めっちゃウケてるんですよ。僕はすごく買ってたんですけどね。ちょっと盛り上がりが欠けましたね。なんでこれしたん?
林 :いやー、なんでなんですかね
巨人:2本目にええの置いてたん?
林 :いえ、これが1番いいと思っちゃいましたね
今田:ギリギリまでやっぱり迷う?どのネタをチョイスするかって言うのは?
巨人:でもほんまに、彼らの漫才はもっと面白いです。これだけは言うておきます
今田:うーん。さあそれでは、志らくさん。いかがでしたか?
志らく:おそらくあの、広い劇場とかでのんびり見てると面白いんだろうけど、テレビサイズで、ひときわこっち(舞台)とモニター見てたんだけども、禿げ方があんまり面白くないんですよね。
会場:(笑い)
今田:ちょっと待ってください、それは言いすぎじゃないですか。「ハゲ方が面白くない」?
志らく:遠くで見てると面白いけど、モニターで見ると大して、どこにでもいるハゲだなあっていう感じで、あんまり面白くないのよ
今田:w 芸能的なハゲでは、たしかにないです
林 :後ろからめくれるようにハゲてたらいいんですかね?
毛利:怖すぎるやろ
松本:(会話に割って入って)でも、全然ハゲてないよね
今田:いやハゲてますて!
林 :めちゃくちゃハゲてるんですよ!
今田:めちゃくちゃハゲてるんですよ!
林 :自信持って言います、めちゃくちゃハゲてます
今田:おかしいね、みんなそれぞれ見てるところが違うんですかねー。どう見えてるんでしょうかw
上沼:(会話に割って入って)ただ、自虐いうのは、あんまりウケない。ね?
今田:自虐は?
上沼:自分を蔑むっていうのは基本的にはウケないっていうことを、これだけのキャリアやったら知っとかなあかんわ。何してんのよ今まで
会場:(笑)

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何してんのよ今まで

今田:最後w 最後、めちゃめちゃ怒られたなw
毛利:ラストイヤーでめちゃくちゃ怒られて終わるんですね、僕らw

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ラストイヤーでめちゃくちゃ怒られる

上沼:(頭を抱えて、しまったなというリアクション)

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上沼頭を抱える2
林 :さっきまで最高の気分やったのになあ。
今田:じゃあ悪いけど、帰ってくれるかなw
会場:(笑い)
上沼:(手を叩きながら笑う)そうかー
松本:そうかー、むずいな
上沼:難しいな

M-1グランプリは、出場者にとっては売れるための大きなチャンス。
ラストイヤーにしてようやく決勝に出れるそのチャンスをつかんだギャロップ林が、めちゃくちゃ怒られる。
同期の武智や久保田は、最後の上沼のダメ出しをどう見ていたことでしょう。

ミキへの審査コメント

敗者復活を勝ち上がったミキ。
会場ウケも良く各審査員からの高い点数が並ぶ中、上沼がズバ抜けた高得点を出します。

今田:さあ、上沼さん。98点!
上沼:なんかあの、べつに贔屓してるわけじゃないんですよ。
今田:はい。
上沼:でもフアンだな。
昂生:嬉しいですw
上沼:ギャロップの自虐っていうのと違って、お兄ちゃんのは突き抜けてる。
昂生:あ、嬉しい!
上沼:その、なんか力の差がある。わたしはフアンだな、ミキの。
昂生:「ファン」じゃなくて「フアン」ていうんですねw
亜生:やめなさい!
今田:ギャロップの林君とはちゃうかった?
上沼:林君とはちがうねん。林君は暗いねん! あの、頭は明るいけど。あの、要するにお兄ちゃんの自虐は突き抜けて芸になっている。人徳がある。だから(最終)決勝に出てほしかった!
今田:大絶賛!
昂生:ええっ!? 人徳ないですけどねぇ、自分で言うのもなんですけどもw
上沼:あるのよ。
今田:いや、大絶賛よ。
亜生・昂生:ありがとうございます!

審査コメントで立川志らくが「新しいものが欲しい」と評した通り、オーソドックスな古いスタイルの漫才で自らの顔をブサイクだとして自虐するネタを披露したミキ。

上沼は、トップバッターの見取り図に対しては、「前半が古いです」と低評価しました。その一方で、やはり古いタイプのネタを披露したミキに対しては、98点の高評価です。なお、斬新なネタを披露したジャルジャルに対しては、「ネタは嫌いや」と低評価しています。

上沼は、禿げたおじさん顔のルックスを自虐するネタのギャロップに対しては、「自虐いうんはウケない」とダメ出しをしました。その一方で、自身のルックスをブサイクだと自虐するネタのミキに対しては、「お兄ちゃんの自虐は突き抜けて芸になってる」と絶賛しました。

上沼の、その矛盾するかに見える評価は、「好き・嫌い・ファン」などの言葉で表現されていました。

ここまでをまどマギにたとえて言えば。
数多のラストイヤーの運命を束ね因果の特異点となったミキを1位評価して希望と絶望の相転移を図ろうとしたインキュベーター。それこそが上沼恵美子であり、魔女となった久保田武智の呪詛を受けてしまうのは当然のことだった、ということになります。かつて漫才界の白雪姫と言われた上沼恵美子の白さは、今やインキュベーターとしての象徴の色にも見えてくるようです。

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海原千里万里

6、批判の真相の深層

再度、時系列でまとめると、こうです。
<敗者復活>
・敗者復活会場ではラストイヤーのプラスマイナスが1番ウケていたが、「私はミキに来て欲しい!」と発言。
・そしてミキが敗者復活と決まって「嬉しい!」と発言。その際、審査ではミキをひいきしないと断言。
<審査点数>
・しかし、実際の審査ではミキを98点評価。ミキを1位評価したのは上沼1人だけで得点もずば抜けていた。
<審査コメント>
・見取り図には「古い」と批判していたが、漫才が古いと言われがちなミキに対しては「好き」と激賞。
・ラストイヤーのギャロップに「自虐はウケない」と批判するも、同じく自虐のミキに対しては「好き」と激賞。
・ラストイヤーで会場ウケも上々だった斬新なネタのジャルジャルに「ファンやけどネタは嫌いや」と批判。

批判の真相

ここまでから推測する、武智や久保田の思い。その真相は、次のようなものだったと私は想像します。
<M1への思い>
「人気がなくラストイヤーまで売れない芸人にもチャンスがある、完全実力主義であるはずのM1グランプリ。それが、上沼による好き嫌いという人気投票のような審査によって汚された。上沼は自分の感情による辛口コメントで会場の雰囲気を冷たくして、漫才をやりづらい状況も作ったし、その好き嫌いで不当に貶された見取り図やギャロップジャルジャルが可哀想だ。このままでは今後のM1のために良くない。上沼から酷い評価を受けたわけではない自分たち(とろサーモン久保田・スーパーマラドーナ武智)が立ち上がって、正面から言うしかない」
おそらく、そういう感じの思いがあって例の暴言に繋がったのではないか。

次回予告

それを踏まえて、次回。
「上沼の審査コメントは矛盾だらけの無茶苦茶なものだったのか」を検証します。

上沼恵美子は大昔にちょろっと漫才かじったくらいのもんで、いまは関西テレビの役員である夫の権力を使って編集自由なTVショーの中でのさばっているけど、漫才を見る目がない舞台を忘れた白いオバちゃん。だからミキみたいな若い男の子の可愛さに耄碌して異常な高得点を出してしまったんでしょ。

いま騒動を嬉々として見つめている人の中にも、どこかそんな風に思っている節があるのかもしれません。

だからこそ、上沼の審査自身の内容から、そこに正統性があったのかどうか検証することが必要です。

・見取り図には「古い」と批判していたが、漫才が古いと言われがちなミキに対しては「好き」と激賞。
ギャロップに「自虐はウケない」と批判するも、同じく自虐のミキに対しては「好き」と激賞。
・会場ウケも上々で斬新なネタを披露したジャルジャルに「ファンやけどネタは嫌いや」と批判。

次回。
これらの矛盾しているように見える審査内容について、あらためて検証します。
先に結論を言うと、上沼恵美子が「好き」と述べる際の審査基準には「容姿」ではない重要なファクターがあると私は考えています。

また、ここでは触れていませんが、先の「人気vs実力」という考え方の深層には2つの偏見が含まれていると私は考えます。
1つ目が「女vs男」というジェンダーの軸。
2つ目が「テレビvs舞台」という場所の軸。
それらの偏見こそが、この上沼批判がクソである最大の理由だと私は思っていて、これも、上沼の審査内容をあらためて見直してみることで浮き彫りにしていきたいと思います。

引き算がクソ難しい

昨日、ある人類がフラれたということで、酒宴に招かれました。
その人類は、友人だったからです。

そこで、恋愛の問題に取り組むことになりました。

結論として、引き算がクソ難しい、という考えが自分の中で生まれたので、書きます。
*1

歴史

ある人類には、好きな人類がいます。
仮に人類A、人類Bとします。
ここでいきなり人類の難しさがあります。
人類Aによると、人類Bのことを「好き」ではないかもしれないそうです。
定義が崩れます。

この気持ちは「好き」とか「恋愛感情」とかじゃないかもしれない。
セックスしたいというより手を繋ぎたいとか会いたいとかの方が強いから。

どうやら人類Aは、人類Bへの感情をどう認識すればよいのか分からないようです。
人類Aに分かるのは、人類Bとの関係を大切にしたいということだけ。
僕は思いました。
「人類Aの感情は、性欲の混入率が低く、純度の高い恋愛感情だろう」
そして、思いました。
「人類Aは、人類Bのことが好きなのだ」
*2

定義が維持されたので、問題の続きが開示されます。

また定期的に会ってくれる?と聞いたら、浮かない返事だった。

人類Aは、定期的に人類Bと会うこと提案し、拒否されたそうです。

ただ会いたいだけなのに。
どうしたらいい?

人類Aは、人類Bの内心を尊重したいと考えています。
そうすると人類Aは、人類Bに会えない。
けれども人類Aは、人類Bに会いたい。
それが問題のようでした。

問題

問題を聞いた僕は、
もう少し人類Bの内心を詳しく確認するべきだと思いました。
その内心としては、いくつもの可能性があるだろうと思ったからです。
1:定期的に会うという決め事に縛られるのが嫌なだけで、実態としては頻繁に会っても構わない
2:頻繁に会うというのは望まないけれど、たまに気が向いたときに会うというのなら構わない
3:たまに会うというのも望まない、できれば顔も見たくない
けれども、人類Bの内心が1-3のどれか、人類Aには推測できないようでした。

私のこと、嫌いなのかな?

話を聞いていた僕にも、それは判別できませんでした。
もし顔も見たくないほど嫌われているのだとしても、そうと分かってから会わないようにすれば良いだけで、
ひとまず人類Aとしては、人類Bの内心が1か2であると想定して行動を考えるのが良さそうでした。

そうして人類Aの意思を再確認してみました。
人類Aとしては、人類Bも人類Aに定期的に会いたいと思ってくれるのが理想状態のようです。
これはさすがに恋愛相談でした。

結論と引き算

結論として、人類Aが人類Bと次に会う機会があったときの対応で、
「また人類Aと会いたいな」と好感情を思ってもらえるようにするのが良さそうでした。
その好感情を積み重ねた未来が、可能性です。

私、可能性に賭けてもう少しがんばってみるよ!

けれども人類Aが人類Bのために「がんばる」のは逆効果になる可能性が強く、あまりお勧めできませんでした。
現在、人類Aと人類Bの間に温度差があることには間違いがないからです。
そのため人類Aは、自身の「会いたい」ひいては「相手のために何かしたい」という気持ちと行動を抑える必要があるように思えました。

え。がんばらない方が良いってなに?

人類Bにとって、人類Aとの温度差は圧力差です。
もし人類Aが自身の温度そのままに人類Bに接していれば、
それが人類Bを喜ばせようとがんばったことであったとしても、
人類Bはプレッシャー(圧力)を感じてしまうことになり、
そのプレッシャーはたちまちのうちにストレスとなり、
やがてそのストレスは人類Aへの悪感情へと変貌して人類Bの内心にこびりついてしまいます。

がんばるという足し算をすることでは、今の相手とはイコールにならない。
仮に、足し算で高まりあった人類同士がイコールになる状態を目指したいという気持ちがあったのだとしても、
いまは自分の気持ちや行動に引き算をすることで相手とイーブンになることを目指した方がよい。
ある程度は自分の温度を下げて、相手の温度に合わせないといけないと思いました。

押すだけじゃなく引けみたいな、そんな駆け引きとか、難しすぎるよ

これは駆け引きではなく、相手に合わせることなんだと僕は思いました。
いずれにせよ人類Aは、人類にしては優しい心を持っているように見えるので、
良い学びがあるように思えました。

上記のような流れがあったりなかったりしたわけですが、
実在の会話の中で人類Aが「ためになった」と実際に言ってくれたことが事実としてあり、
それは僕にとってすごく喜ばしいことでした。
人類Aには、良い日々を送ってほしいものです。

昨日のことと今日のこと

昨日の恋愛相談を受けているときのことです。
牛乳石鹸のCMのあれこれについて、僕にも言いたいことあるなあと思って、
偉そうに人類Aの相談に乗りながら、うにょうにょと文章を書いていました。

今日、その文章をこのブログの記事として公開しようとして、記事公開の前にちょっとチェックするかと思って読み返したのですが、8000字もあって長い上にクソつまらなくて、自分でも読む気が失せるという事態に陥りました。

あんだけ偉そうに「相手の温度感に合わせて引き算するのも大事」みたいなことを言っていた昨日の僕ですが、そう言いながら横で書いてた記事がぜんぜん引き算できてなくて読む人の温度感を無視していることを実感したわけです。
牛乳石鹸のCMあれこれについて8000字も読みたいと思う人なんかどこにいるんだよと。
「牛乳石鹸のCMについて、ぼく個人的には「ああ良かったね」という甚だ花花しい感想を持ったのだが」で始まる文章の温度感なんなんだよ!と。

他の人類と向き合うときに、
引き算が必要な場合というのがあると思うのだけれど、
やっぱクソ難しいわ、という結論に達しました。

*3

*1:なお、現実に悪影響を及ぼしたくないので、一部にフィクションを交えて書いています。

*2:けれども、そう思ったことを人類Aに告げることはしませんでした。 これまで僕が見たいくつかの恋愛感情には、 それに「恋」という名前を与えた途端にどんどん膨らんで純度が高くなる、 という事例が観測されていたからです。 ある種の恋愛感情は、自然発酵して純度を高める性質を持っているように思えます。 そして純度の高い恋愛感情は、しばしば人類を酩酊させ正常な判断を失わせます。 けれども人類にとって、恋愛感情に含まれる性欲の度数を見積もり、 自身の酩酊状態を推し量ることは容易ではありません。 そのため、僕は人類Aの感情に対して「君は恋しているんだね」と告げることを差し控えたのです。

*3:なお昨日の酒宴は、光放つディルドーが宙を舞い、やがて天に突き刺さる、という健全なものでした。

スプラトゥーン2のせいで離婚するのは嫌だ

スプラトゥーン「Splatoon」という火種

この家にスプラトゥーンがやってきたのは、約2年前。

もともと、僕には物欲というものがほとんどない。
穴の空いた靴下とパンツを履き、セロハンテープで修理したメガネで、鼻に赤いへこみを作りながら暮らしているような日本人の一種族なのだけれど、そんな僕にとってさえ、そのスプラトゥーンというゲームはあまりにも面白そうに見えた。

だから僕は、10年ぶりにゲームを買うことにした。

幸いなことに、彼女もゲームが好きだ。
彼女は、幼少から「ポケモン」や「どうぶつの森」や「マリオカート」を遊んで育ったようなフランス人の一種族で、それらの生みの親である「Nintendo」は、彼女が来日するきっかけのひとつでもある。そんな彼女にとっても、そのスプラトゥーンというゲームは面白そうに見えた。

だから彼女も、Nintendoが久しぶりに出したこの新しいゲームを買うことにした。

2人は決してお金に余裕がある種族ではないのだが、スプラトゥーン(というソフトと、それを遊ぶためのハードであるWiiU)を買ってみなイカという話はとんとん拍子に進んだのだ。

Splatoon 2 (スプラトゥーン2)

Splatoon 2 (スプラトゥーン2)

そうして僕と彼女は、人間としてインクの弾をぶちまけてはイカとしてインクの海を泳ぐ国籍不明の一種族になった。

あれから2年。
ここに、ひとつの結論がでている。

僕らは6年の同棲生活の中でたくさん喧嘩をしてきたけれど、そのいちばん多くの原因が、このスプラトゥーンだった!!!!!!

スプラトゥーンで喧嘩する一番の理由

スプラトゥーンで喧嘩する一番の理由。
それは、「負けるとムカつく」ことだ。

対人ゲームなので、勝つときもあれば負けるときもある。
さらに、マッチングシステムがしっかりしており、強い人は強い人同士で、強くない人は強くない人同士でマッチングして対戦するようにできているため、全体の0.1%くらいの最上位層と最下位層以外の勝率は、おおむね5割に収束する。
しかも4人対4人のチーム戦なので、自分が活躍しているのに他の人のせいでチームが負けたように思えて憤るようなことも多々ある。
E-A-R plugs

当たり前のことだけれど、
負ければムカつく。
ストレスが溜まる。
でも、面白いからやめられない。
でも、負けるとやっぱりムカつく。
でも、面白いから勝つまでやりたい。
それなのにまた負けると、もうかなりムカつく。

ところで、勝率が5割で6戦すれば、その中で3連勝か3連敗をする確率は約6割。
勝率が5割で11戦すれば、その中で4連勝か4連敗をする確率は約5割。
コインを何回も投げると案外、同じ面が連続する - Yahoo!知恵袋

スプラトゥーンでは1試合5分ほどの短い試合を何試合も続けて楽しむので、ちょっと遊ぼうと思うと平気で1時間ちょっと経ってしまい、10試合ほどインクにまみれることになる。

つまり、そうして1時間ほど遊んだうちの半分は、運の偏りによって4連勝か4連敗くらいしてしまうのだ。

僕らは2人で交代しながらゲームしているので、1人がプレイしているときに、もう1人はそのプレイを見て楽しんでいる。
そこで、喧嘩が起きる。

「あ、そっちボム見えたから危ないよ」見ている方が、言う。
もし負けが続いてストレスが溜まっているときなら、その一言で喧嘩になる。
「うるさいなあ。分かってたよ!余計なこと言ってくるせいで死んだ!」
「文句じゃなく親切で言ってるだけなのに、そんなに怒らなくていいでしょ!」
「いや、いちいち言わなくていいから!」

こんなことで喧嘩するなんて馬鹿らしい、と思うかもしれない。
僕も書いていて馬鹿らしいなと思うのだけれど、本当にそれで喧嘩になってしまう。

見ている方が何も言わなくても、雰囲気が悪くなって、喧嘩になる。
でも、スプラトゥーンはやめられない。

面白いから。
これは一種の中毒だなあと思うくらいに。

これまでに色んな喧嘩をしたけれど、数としていちばん多かったのは、スプラトゥーンで負けが込んでいたときに起きた。

Splatoon2 (スプラトゥーン2)|オンラインコード版

Splatoon2 (スプラトゥーン2)|オンラインコード版

2017/7/21。
そんなスプラトゥーンの新作が出た。
当然、僕らも購入することにした。

スプラトゥーンというゲームは、面白すぎた。

そのせいでまた喧嘩してしまうかもしれないだろうけれど。
もし同棲生活が破綻して離婚することになったとしたら、そのいちばんの原因として挙げられてしまうかもしれないだろうけれど。

スプラトゥーン2のせいで離婚するのは嫌だ

そうして予約購入しておいたスプラトゥーン2をこのほど遊んでみた。
その感想として思ったのは、「超面白い!」ということと、「これなら離婚せずに遊べる!」ということ。

理由は、「負けるストレスを減らすための配慮の進化」を随所に感じたからだ。

1、音楽
まず、負けたときの音楽。
スプラトゥーン1に比べて、負けたときの音楽が、そこまでネガティブな雰囲気ではない。僕は音楽に詳しいわけではないけれど、1ではもう少し低い暗い音だったのが、2では高く明るい音になっている。もちろん、勝ったときの音楽に比べるとネガティブな音楽なのだけれど、それでも負けたストレスはだいぶ軽減されたのではと思う。

2、戦績表示
次に、戦績表示の項目。
スプラトゥーン1では、敵をどれだけ倒したかというキル数と、敵にどれだけ倒されたかというデス数が表示されていた。これによって、キルとデスを比べるギスギスした雰囲気があった。負けたとき、チームの中で自分のデスが多いと戦犯のように感じてしまうし、逆に自分のデスが少ないとデスの多い味方に対してムカついてしまう。
スプラトゥーン2では、敵をどれだけ倒したかというキル数と、自分がどれだけスペシャルウェポンを使ったかというスペシャル数が表示されている。デスしてしまうとスペシャルウェポンを使うために必要なゲージが減るので、このスペシャル数はデス数と緩やかに結びついてはいる。けれども、その内容が「デス」という後ろ向きでネガティブな項目ではなく「スペシャル」という前向きでポジティブな項目として表現されるのでは、プレイヤーに抱かせる印象やゲームの持つ雰囲気が大きく変わったと感じる。

3、高勝率(高成功率)のモード
最後に、最も大きい進化が「サーモンラン」という新モード。
チーム対抗の対人戦を行う他のモードと違い、チームで協力してコンピュータと戦うこのモードでは、たまにコンピュータに負けてしまうこともあるけれど、勝率(成功率)は5割を大幅に超える。プレイヤーによって変わるのかもしれないが、30戦ほどこなした僕の体感勝率は7-8割近いように感じた。このモードでは、協力して成功することの楽しさを、より多く感じられる。僕はスプラトゥーン1の頃からこういうモードが欲しいなと待ち望んでいた!

このまま僕らが離婚せず幸せに暮らしていけたとしたら、Nintendoには感謝してもしきれない。

追記。
日本では現在、スプラトゥーン2を遊びたくても、そのためのNintendo Switchが品薄状態で手に入りづらい状況が続いている。とはいえ、正規価格より高く売っている転売屋から買うのは嫌だ。
僕らも当初、なかなかNintendo Switchが手に入らずに苦労した。ビックカメラやソフマップに並んで抽選を受けたけれど非当選だったし、入荷がありそうな家電量販店の開店待ちをしてみたがダメだった。折を見てはネット通販の在庫確認をしていた彼女のおかげで、偶然にもアマゾンの在庫が復活したタイミングで購入することができたので、彼女には感謝してもしきれない。
なお、いまもNintendo Switchを手に入れられずにいる人に向けて、比較的に手に入れやすい方法として推奨できるのは、「近所の取扱店の入荷タイミングを聞いてみる」「地方の家電量販店をあたってみる」「海外の知り合いに頼む」だと思う。
そうして手に入れられたら、みんなで一緒に遊ぼう!


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あなたは「沼」を知っているか

「今のは沼だった」と、その人は言う。
僕は、その言葉に引っかかりを感じる。

みんなで楽しく遊ぶゲームを、みんなで楽しく観戦している時だった。
だから、そこであえて言うようなことはしない。
(ちなみにそれは、スプラトゥーンという、イカ人間がローラーで敵を轢き倒す任天堂のシューティングゲームだ)

けれど僕には、引っかかっている。
喉に魚の小骨が引っかかって取れない時のように、耳に言葉が引っかかって上手く飲み込めず、ウニウニして少し気持ちが悪い。
だから、ここに吐き出すことにする。
ここは、耳から掻き出した言葉を書き出す場所だから。

沼の経歴

あなたは、「沼」を知っているか。


沼は、「馬鹿」を意味するスラングとしてよく使われている。
その意味で気軽に使う人は多い。その時も、そうだった。
ただ僕が気になってしまうのは、この言葉の経歴だ。

その大元には、「知的障害:ちてきしょうがい」を略した「知障:ちしょう」という言い方がある。これにわざと別の漢字を当てた「池沼:ちしょうorいけぬま」という呼称があり、それをさらに省して「沼:ぬま」という言い方をしている。

つまり、相手に対して「お前は馬鹿だ」と言う代わりに、「お前は知的障害者だ」と言っていたものが、「お前はちしょうだ」と言うようになり、「お前は池沼だ」と言うようになり、「お前は沼だ」と言うようになって生まれた言葉なのだけれど、一貫して知的障害者を馬鹿にし差別する意識を前提としている。それがために隠語として発展しているのだ。

僕は、母が知的障害者の保助施設で勤務していたこともあって、知的障害を持つ人やその家族とそれなりに関わりがあった。だから、「ちしょう→池沼→沼」これらの言葉に対して、一様に嫌悪感を持っている。

それらの言葉は、知的障害への無知と差別意識の結晶だからだ。

幽霊との付き合い方

とはいえ、言葉の転用は進んでいる。
元は知的障害を指す隠語だとは知らずに使う人も多い。
「馬鹿なことしちゃった、失敗しちゃった」という自虐的な文脈で「沼だった、沼ジャンだった」と軽く言うことに対してまで、いちいち目くじらを立てても仕方がないよね、とも思う。
元の意味を離れ、沼という言葉それ自体で独立し始めているような部分もあるからだ。

言葉には、色んな場面で色んな使われ方がある。
それは、話し手の意図と受け手の解釈の中で揺らぐ幽霊的なものでしかない。

そもそも僕自身が知的障害の関係当事者ではないし、「沼」という言葉に対して嫌悪感を持ってしまうものの、相手の意図を考慮して嫌悪感を希釈するようにする。移ろう言葉に合わせ、僕も移ろいたいと思うから。

でも、もしかしたら、目くじらを立てる人もいるかもしれない。

任天堂や、アオリちゃんホタルちゃんの声優さんに、「おたくのスプラトゥーンというゲームのユーザー、「沼は死ね」「沼ジャン殺す」とかいっぱい言ってるけど、あれ、知的障害への差別を含んだヘイトスピーチだから、そういうの止めるよう呼びかけてくれないか?」と手紙を送るような人もいるかもしれない。
これによく似た案件で、実際にゲーム会社や声優に手紙を送り、その内容・経緯をネット上で公開している人もいるくらいだから。

まとめ

こういう小魚の小骨のような言葉。
引っかかりを感じた気持ち自体はどこかに吐き出すべきだしそうしたいと思うと同時に、小魚から目くじらを出現させてしまうことにも引っかかるものがあるので、そうならないようにしたいよねと、そういうことを、思った。

コミュ力あります!と自称する人が気持ち悪い理由

最近の日本では、コミュニケーション能力(以下、コミュ力)が重要だと言われている。
なぜ企業はコミュニケーション能力を重視するのか、まとめ - フランス女性と同棲中
なぜ若者もコミュニケーション能力を重視するのか、まとめ - フランス女性と同棲中

それに伴ってかどうかは知らないが、自称として「自分はコミュ障です、ひとと話すのが苦手です」という人や、「自分はコミュ力あります、誰とでも話せます」という人がいる。

「自分はコミュ障なんで」

前者の「自分はコミュ障なんで」には、幾つかの意味合いの可能性がある。
僕が解釈する時には、次のどれかだろうと思って脳内翻訳している。

翻訳1:自分なんて大したことないですよ
謙虚を美徳とする日本の文化的価値観を反映した「謙遜」の場合もあれば、

翻訳2:あんま期待しないでくださいね
予め相手の期待値を下げておく「防衛的牽制」の場合もあれば、

翻訳3:会話とか好きじゃないんで、放っておいてください
対人行動にコストを割けない・割きたくない姿勢を示す「攻撃的牽制」の場合もあれば、

翻訳4:会話とか得意じゃないんで、そちらから話ふったりしてもらえると助かります
弱味を見せて関係値を上げつつフォローを期待する「依頼的自己開示」の場合もあれば、

上記の幾つかの目的や意味が複合された場合も多々あるだろうと思う。
https://3.bp.blogspot.com/-VwAw4ECQn3M/Vt_t99XUDnI/AAAAAAAA4rY/RRXAgo1jj_A/s450/pose_aisowarai.png

もちろん、会話中にいちいち「これは牽制だぞ!」のように考えているわけではなくて、なんとなく「この人の場合はどういう意味で言っているのかな」というのを雰囲気でぼんやり感じながら呑気に会話しているわけではあるが、僕は別の文脈から「自分はコミュ障です」という自称が広まることは悪くないと考えている。
コミュ障の輪を広げたい - フランス女性と同棲中

「自分はコミュ力あるんで」

その一方で、後者の「自分はコミュ力あるんで」にも幾つかの意味合いの可能性がある。
この発言をどう捉えているかについて、面白い対比があると僕は感じている。

そもそも謙虚を美徳とする価値観の支配率が高い日本において、就職活動などで自己アピールを迫られる状況を除けば、「コミュ力あります」とアピールをする自称はリスキーだ。
日本では相手の状況や価値観を慮りつつ合わせることを「空気を読む」と称し、この受信的コミュニケーションスキルを重視するからだ。
つまり、「コミュ力あります」という自己アピールは、謙虚を美徳とする日本的価値観を読めていない発言として受け取られ、それは受信的コミュニケーションスキルの低さを示すものとして認識される可能性がある。
「こいつコミュニケーション能力あるとかアピってて草生えるw それ自分から言うことじゃないし、そのことが分かってない時点でコミュ力ないわー。ジョークならまだしも、本気で言ってるとかマジ気持ち悪い」
https://4.bp.blogspot.com/-FIdnilbMT5Y/Vz_xJ7eJwkI/AAAAAAAA6wA/aFLVB93Zpz0ZtkS0hQE3F5cHXVSfATKQgCLcB/s400/pose_shitauchi_woman.png

これが、コミュ力ありますという自称が気持ち悪さを抱かせる理由だと思うのだけれど、では「コミュ力あるんで、いろんな人と話せます」と自称する人はいったい何を考えてそのように発言するのか。

これは僕の想像なのだけれど、海外留学をして帰国した人がこう考えているとする。
「日本では自分から意見を言わないし議論もしない、お互いに空気を読んでいれば済む。でも海外では、相手は自分のことを何も知らない。そこで自分から発言することの大切さを学んだ。自分からアピールして発言することで、チャンスが生まれる。そうして、自分とはバックグラウンドが違う色んな人と話すことができるようになった。以前と比べて(普通の日本人と比べて)自分はコミュニケーション能力が高くなった」
こういう人が、帰国後に「自分コミュ力あるんで」と自称したとすれば、確かにそう言いたいのも分かるなあと僕は思う。
お互いに価値観が違うだろうことを前提として、自身の特性や希望を伝える発信的コミュニケーションスキルを重視するなら、この発言には何もおかしなことはないからだ。
https://3.bp.blogspot.com/-pVRu2sD30IY/VpjCnz2Xh2I/AAAAAAAA3Ec/97uskapD4Lk/s400/pose_peace_sign_man.png

受信主義と発信主義

そういうわけで、僕は次のように考えている。
コミュニケーションには受信的スキルと発信的スキルがあり、どちらを重視するかによって受信主義と発信主義の文化的スタイルがある。それぞれに優劣はないが、目的や状況によって重視されるものが違う。大切なのは、その両者があると知っておくことと(知識)、目的や状況を判断すること(運用)だ。
例えば、日本は受信主義が強めの国だけれど、そうは言っても例えば大阪では発信主義が強くなっていて、とはいえ平均的な大阪人よりは薄いとはいえ日本の平均に比べれば僕自身も発信主義寄りの人間である、とか。
グローバル化によって日本においても発信主義の重要性が増しているため、「読解」という受信系スキルの習得が中心だった義務教育の国語が、発信系スキルの習得を目指すように変わってきている、とか。

受信主義ー発信主義という軸を頭の中に一つ持っておいて、地域や時代に応じてメインポジションが変わっているのを眺めながら、あるべき姿を考えるのは楽しいと思う。

ちなみに

上記も含めてコミュニケーションには色んな種類とスタイルがあるのだし難しいけど面白いよね、と思っている人は、「自分コミュ力あります」とは言わずに、「自分は人と話すのが好きなんですよ」「いろんな人の話を聞くのが好きなんです」のように自称していると思う。
こういう自称する人は、お話がうまくて嘘をついて人を騙すタイプの人も混じっている気がする。あるいは、コミュ障を自称する人の中にも、嘘をついて人を騙すタイプの人が混じっている。
そういう意味では、無邪気に「コミュ力あります!」と言ってしまう人は、嘘つきの可能性は低いのではないかと思う。

振った相手が自殺を仄めかしてストーカー化したらどうするか

同棲中の彼女から聞いた話。
彼女が中学生(15歳)だった頃、オンラインゲームで知り合った23歳の男と交際していたという。
その話が面白かったので、昨日の記事に書いた。

rlee1984.hatenablog.com

実はこの男との話には、少し危険な続きがあったそうだ。

別れ話への対応として、自殺を仄めかす

「その男とはどうなったの?」僕が尋ねると、彼女は言う。
「こっちはそこまで好きじゃなかったし、ただの10代の恋愛なのにしつこいなーと思ってきたから、別れることにした」と。
彼女の家族旅行先まで来て、一緒に泊めてほしいと彼女の祖父母に言ってのけたこの男だったが、その熱心さがあだとなったようだ。たしかに、15歳の彼女にとっては重すぎたのだろう。
別れを切り出した彼女に対して、男はこう言ったという。
「そんなこと言わないで。もし別れるなら、僕は死んでしまう」
そして、自殺を仄めかすメールを送ってきたという。
「…いま、ライト点けずにクルマで走ってる」
彼女は、特に相手にしなかった。

しかし、と言うべきかやはりと言うべきか、その後も男は死ぬことはなかったようだ。

なお、僕が彼女と知り合ったのは、彼女が18歳で来日したときだ。
そのときからずっと、変わらず美しいと感じる。
rlee1984.hatenablog.com
だから相手の男性に少し同情するのは、これだけの美人と別れることになったならさぞかし辛かっただろうということだ。

ネット上でストーカー化…?

その後、彼女はオンラインゲームで別の男(18歳)と仲良くなり、そのゲーム上で一緒に行動することが多くなっていた。
その場面を、同じオンラインゲームの画面端から例の23歳男が見ていたのだという。何度も。
あるとき23歳男は彼女にこう話しかけたそうだ。
「そんなチャラチャラした男とは一緒にいない方がいい」
彼女は無視したという。

偶然と言うべきか分からないが、ストーカー化する人間への対処としては正しかったのだろうと思う。

ストーカーへの対処

交際関係にあるときには、信頼関係に基づいて貸し借りが複雑に入り混じっているものだ。
だから関係を清算するときは、その貸し借りを全て清算して付け入る隙を与えないことが重要ではないか。
その清算と合わせて、明確に拒絶の姿勢を見せる。ここでも付け入る隙を与えないことが重要だろう。
そして、以後は相手の言動に一切反応せず、無視しつづけること。たとえ否定的な反応であれ、何らかの反応は相手にとって餌になる。「好き」の反対は、「嫌い」ではなく「無関心」。

rlee1984.hatenablog.com

しかしまあ、いずれにせよ。
「ヤンデレ」という言葉も生まれるような日本では、恋愛感情に紐づいた陰湿な行為も多いのだろうと思っていたけれど、
フランスでもストーカー化するヤンデレ男性がいて、どの国でも恋愛感情には危険がつきまとうのだなと感じて、面白い話だった。
rlee1984.hatenablog.com

中学生の娘(15歳)の彼氏(23歳)が、家に泊まりに来たらどうする?

なにかのきっかけで、同棲中の彼女から過去の恋愛について聞いた。
フランス人にとっての恋愛は日本人にとっての恋愛と違う部分もあるだろうしなあと予想はしていたけれど、思っていた以上に「日本だとありえないんじゃない?」と感じて面白かったので、ここに書く。読んだ人の感想を教えてくれるとありがたい。

交際のきっかけはインターネット

彼女が中学生だったとき、インターネット上で知り合った男性がいた。
その当時はまっていたオンラインRPGで知り合ったという。
そこでチャットを重ねるうちに仲良くなり、リアルでも会うようになった。
そして15歳だった彼女は、23歳の男から告白されて交際を始めたのだそうだ。

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中学生の娘(15歳)の彼氏(23歳)は両親も公認…?

まあ、それだけなら日本でもありえる話だろう。
青少年保護条例に違反するとして成人側が処罰対象になる場合もあるが、両者合意のもとで表沙汰にならないケースはけっこうある。
大手を振って認められるようなケースではないだけだ。
僕が驚いたのは、その交際相手が彼女の家に遊びに来て、彼女の両親に挨拶もしていたということ。

「中学生の娘(15)に会うため、その彼氏(23)が自分の家に遊びに来ている」ことを、親は了承していたわけだ。
しかも、相手はインターネット上で知り合った男性。

フランスは恋愛を大事にするカップル文化の国。
だから、親としても娘の意思による恋愛を尊重したのだろう、と推測する。

とはいえ、やはり境界線は存在するようだ。
[asin:B01HT1GYWA:detail]

中学生の娘(15歳)の彼氏(23歳)が、泊めてと言ってきたら…?

23歳の男が暮らす街は、15歳の彼女が暮らす街とは離れていた。
だからインターネット上でのチャットが交際のメインだった。
男は彼女にぞっこんだったため、ある週末、遠路はるばる彼女に会いに家まで来た。
そこで彼女の両親にも挨拶をする。
そうして男は彼女の家で彼女と遊び、夕方頃に彼女の親に切り出した。
「今日、泊まっていってもいいですよね?」

f:id:Rlee1984:20160702000932p:plain:w400

彼女の親は、さすがにそれはダメだと断ったそうだ。
「いや、泊めないよ?ホテル探してね」
「ホテル探すの大変だし、泊めてくれませんか?」
「それは知らない。自分でホテル探して」

そのような会話がなされ、中学生の娘(15歳)の彼氏(23歳)を家に泊めることは認めなかったようだ。
なるほど、そこが境界線なのか。

しかし、その男はかなり彼女に首ったけだったようで、そのくらいでは諦めなかった。

バカンスの家族旅行にもついてくる…?

フランスでは多くの人がバカンスで家族旅行を楽しむ。
彼女の家も例外ではなく、彼女は例年、祖父母とともに南仏の別荘でバカンスを過ごしていた。
その年も、祖父母や弟と南仏に行く15歳の彼女。
交際相手の23歳男は、少しでも長い時間を彼女と一緒に過ごしたかった。
男は、南仏まで来た。

DSC_3031

そうして、彼女の別荘で祖父母に挨拶をする。
日中、一緒に遊び、やはり祖父母に切り出した。
「泊めてくれませんか?」
祖父母は断った。
「近くのキャンプ場でキャンプすれば?」
そうして男はキャンプ場で寝泊まりして、朝になると彼女の別荘にやって来るというバカンスを過ごしたようだ。
なお、当時の彼女は朝もゆっくり寝ていることが多かったため、男は朝に来ても別荘に上がれず家の前で待つことが多かったそうだ。
たいていは子供向けアニメを見るために起きた弟が、別荘の前で待つ姉の交際相手を家に入れてあげて、一緒にテレビを見たりゲームしたりで遊んでいたのだという。
男は彼女のことが大変に気に入っていたようで、祖父母にこんな話もしていたのだという。
「本当に好きだから、結婚したいんです」
この言葉に対して、彼女の祖母はこう返したのだそうだ。
「それはないわ。彼女はまだ15歳、あなたは(彼女の)友達」

親としてどうするか

話として面白かったので、彼女の許可を得て記事にしている。
この話について、「それが一般的なフランス人の感覚かは分からないけれど」と彼女は言う。
僕が受け取った印象としては、この男は(フランスでも)少し変わった男で、彼女の家族の対応は(フランスでは)一般的だろう、という感じ。

日本では、どうなのだろう?

分からないけれど、もし僕に娘ができて交際相手ができたとしたら、やはり家に招いて挨拶できるような関係を作るのが良いなと思った。
最悪なのは、「どうせ交際を認めてくれないでしょ」と思った娘が勝手に出かけて危険な目に遭うことだから。

娘に対しては、誰と交際しようがとやかく言わず、注意を払いながら見守る。
男に対しては、娘と会いたいなら我が家に来させる。直接に会って話もする。
それが一番安全な方法なんだろうなと思うし、その前提として、娘に「こんど彼氏を連れてくるね」と言ってもらえる関係を築けるというのは理想的なのではないかと思った。

ご意見、お待ちしております。

国際恋愛中の僕が「日本人男性もいける」と思う5つの理由

こちらの記事が話題になっているようです。
国際恋愛中のわたしが「日本人男性と付き合いたくない」5つの理由 - AI TIME

まとめると、「ドイツ人と交際している私に言わせれば、日本人男性は繊細すぎて束縛が強い割に交際をオープンにせず愛情表現もしない。総じて恋人を軽んじるので、私は好きじゃない」というもの。
たしかになあと思うところもある反面、日本人男性として付け加えておきたいと思う部分もあったので、書きます。

紹介

僕は現在、フランス人の彼女と日本で同棲しています。

どんな道のりを歩んだかは、
フランス滞在記 カテゴリーの記事一覧 - フランス女性と同棲中漫画フランス人と同棲中 カテゴリーの記事一覧 - フランス女性と同棲中に書いているので、良ければ読んでみてください。

経験としては、日本人女性とは人並みに付き合ったり別れたりして、たまたま渋谷で見つけた美人に声をかけたらフランス人で、運良く今も仲良くしてもらっているという感じです。
rlee1984.hatenablog.com

フランスでは、交際を始めたら家族や友達にすぐに紹介します。彼女から聞いて驚いたのですが、15歳の彼女が23歳の男と交際していたとき、その男を家に招いて家族に紹介したこともあるそうです。うへー。
もちろん日本にも、同じくらいカップルの受容に積極的な家庭もあるのかもしれませんが、彼女はフランス人の中でもかなりシャイで消極的な方だというので、やはりお国柄の差は大きいのだろうと思います。
また、学生で同棲している人たちも少なくありません。というか僕らの場合も、同棲中の彼女が学生です。

家族行事には恋人を呼ぶのが当然で、彼女の祖父母の結婚50年を祝う金婚式に僕も呼ばれて醜態を晒しました(笑)
フランスで聞いた、50年つづく結婚生活の秘訣/ニートのフランス滞在記⑪ - フランス女性と同棲中

人間の活動ユニットの中心として「カップル関係」がある、カップル文化の国です。

そんなカップル文化に育った彼女と暮らしている身として、日本人男性もいけるんじゃない?と思う理由を書きます。
なお当たり前ですが、日本人男性にも色んな人がいると思いますので、ここからは僕の独断と偏見です。あくまで僕の主観的な経験を書きます。

1、繊細

日本はヤンデレという言葉が生まれるような国ですから、恋愛に関して陰湿になるほど繊細な人が多いようです。
恋人を手に入れるため盗撮、秘密暴露、自殺脅迫、殺人を行うイカれたゲーム - フランス女性と同棲中

ご多聞に漏れず僕も繊細なところがあって、部屋でゴキブリなどの虫を見かけるとウワーと叫んでしまうタイプなのですが、彼女が「怖がりすぎでしょ!」と言いながら冷静につかまえてくれるので安心です。
「また虫が来たら嫌だから殺してよー」と頼むものの、彼女は「殺したら可哀想だよ」と言いながらティッシュからふわりと窓の外へ虫を解き放ちます。そなたナウシカか。
こうして彼女の虫愛づる姫君っぷりを引き出すことができたのは、僕が繊細だからに他なりません。日本人男性も、いける!

2、束縛が弱い

もしかしたら、お互いに異性の友人は認めず、記念日は必ず二人で祝う、みたいな制約をするカップルもあるかもしれませんが、うちは違います。
彼女には男性の親友がいますし、僕も女性の友人と出かけることがあります。もちろん、お互いに少し嫉妬して監視するので、ちゃんと報告しますけどね。
二人の記念日とやらもお互いに覚えていないくらいなので、「じゃあキリがいいから11月11日を記念日にしようか」と勝手に設定したものの二人とも忘れて何もしたことがない有り様です。事後的に気づいた僕が、「そういえば11月11日が記念日って決めなかったっけ?」と言うと、「あ、本当だ。でもだいぶ過ぎちゃったよ」「うーん、じゃあ少し過ぎたけど、交際3年を祝って今日は飲んじゃおうか」「いいねー、するめ買ってこよう!」となりました。するめ、おいしい!

3、交際をオープンにする

はじめて彼女を実家に連れて行ったときの話にも書きましたが、僕はけっこうオープンです。
フランス人と同棲をはじめた - フランス女性と同棲中
「友達と飲んでるときに彼女が来ると面倒くさい」と考える人もいるようですが、そんなの知ったこっちゃない。みんなで楽しくやればいいよ。
相談:お風呂に入りたくありません - フランス女性と同棲中
相談:彼女がトイレをのぞいてきます - フランス女性と同棲中
トイレやお風呂の話も書くし、お互いに嫌だと感じない範囲でオープンにすればいいと思っています。お風呂、めんどくさい!

4、愛情表現をする

彼女と手をつなごうとすると、「なに?私と手を繋ぎたいの?(笑)」と言ってくることがあります。
「ううん、手が当たっただけ。調子に乗らないで(笑)」
「いいよ、無理しなくて。手を繋ぎたいでしょ?恥ずかしがらず正直に言っていいよ、繋いであげるから」
「違う違う、手を繋ぎたいのはそっちでしょ、そんなにたくさん手を繋ぐかどうかの話をしてきて。こっちは気にしてないのに、いっぱい言ってくるなんて。分かった、そんなに手を繋ぎたいなら繋いであげるね、仕方ないなあ」
そう言って、最終的に手を繋いで歩きます。

同じような言い争いが、ハグだったりキスだったりのときにも行われます。その時々に応じて勝敗があり、様々な決着があります。
勝っても負けてもどちらでもいい戦いが、そこにはあります。

5、恋人を大事にする

この一年、朝に家を出て帰りは終電という生活で、彼女と過ごす時間が少ない状態でした。それまで普通にできていた家事もできず仕事ばかりの毎日に。
日本の男性、仕事しすぎで家事しなさすぎ!/ニートのフランス滞在記⑩ - フランス女性と同棲中

その間、彼女は毎日お弁当を作ってくれていました。本当に感謝しかありません。
これからは、もっと二人の時間を大事にしたいと思う所存です。

恋愛をめぐる日本の問題点

ここまで、冒頭リンク先の記事国際恋愛中のわたしが「日本人男性と付き合いたくない」5つの理由 - AI TIMEに合わせて真似して書いてみましたが、やはり個人的な経験を元に国際比較をするのは大変に難しく、どう書いたところでやいのやいのと言われてしまいそうです。上記に挙げた話も、どう見たって個人的な事情に過ぎないので、それを一般化して話すのは難しいだろうというものばかりになりました。

とはいえ、このリンク先記事では概念的な説明が拙いために伝わりづらくなっていますが、日本の恋愛をめぐる事情には少し考慮すべき点があるのも事実だろうと僕は思います。日本は欧米と比べると、中途半端に輸入した恋愛主義(ロマンチックラブイデオロギー)が腐って繁殖しているようなところがあると思うからです。

ふたりエッチ 1 (ジェッツコミックス)

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かつての日本では、交際相手がいない適齢期のオスやメスに対しては「お見合い」で結婚相手を見繕うという文化があり、結婚とともに恋愛が始まることも多々あったようです。ところが近代以降、結婚へ移行する前段階として恋愛があるのだ自由に相手を選べるのだという恋愛主義を輸入しはじめてからというもの、お見合いという形態は徐々に廃れてしまいました。
その一方で、じゃあ自由恋愛ってどうやるの?どうやって出会い、交際を始めるの?という疑問に対しては、曲がり角でパンを咥えて走る運命の相手とぶつかりましょう、好きだと思っても表立った愛情表現はしないでおきましょう自然と伝わるものなのです、という恐ろしい回答を仕込んだマンガやアニメが氾濫し、現在では「まともな出会いがどこにあるのかわからない」「恋人がいるのは金持ちか美女イケメンだけでしょう」「カップルは爆発しろ」という考えを持つ人が多く生まれています。
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そもそも健全な恋愛市場が成り立つ前提として、出会う機会を作り増やすという意味でのナンパ文化(強く束縛した関係ばかりでなく弱いつながりを多く持つことで出会いのチャンスを増やす)や、交際関係を健全に保つ意味でのカップル文化(交際をオープンにする・積極的に愛情表現をするなど)が必要だと思うのです。
日本には、恋愛を生むためのナンパ文化も成熟していなければ、恋愛を育むためのカップル文化も成熟していない、そうした文化的土壌に恋愛主義の種だけ植えたって、腐ってしまうのは当然だろうと感じます。

その結果、日本は世界的に見ても異常なほど「交際相手のいない独身が多い」国として有名になってしまった。そのために晩婚化も進み、少子化には歯止めがかからない。

問題の解決策、脱出方法

こうした社会的な閉塞状況を急に変えるのは難しいとしても、恋愛をめぐる日本のおかしな状況から個々人が脱出する方法として、いくつかの考え方があると思っています。

対幻想―n個の性をめぐって

対幻想―n個の性をめぐって

一つは、恋愛主義(あるいはそれに結び付いた対幻想)を捨てること。お見合い結婚で上手く人だって多いのだし、自由恋愛にこだわる必要はありません。そもそも結婚してパートナーと暮らすべきという対幻想を捨てたってかまわない。おひとりさま、上等じゃないですか。正しいおひとりさまは、いちいちカップル文化に目くじら立てません。街中でイチャつくカップルに腹を立てるのは、自分も対幻想に染まっているせいに他ならないからです。
おひとりさまの老後 (文春文庫)

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もう一つは、恋愛主義に応じたナンパ文化とカップル文化を培うこと。最近の街コンや相席居酒屋などのムーブメントはナンパ文化を培う試みのひとつだと読めるし、恋愛工学も(こちらはカップル文化にそぐわないので僕は嫌いですが)その潮流のひとつとして読むことができると思います。なおカップル文化については、日本では目立った動きがまだ出ていないように見えるので、これから培われていくのだろうと僕は考えています。ベビーカー論争はその先にある。この文脈で考えるなら、冒頭のリンク先の記事はそのままナンパ文化とカップル文化を推奨する内容として読むことができるので、この内容を主張したい若者が出てくるのも当然だろうと思って受容することができます。

カップル文化を培う例を挙げるなら、例えばフランスには、若者から老人までのカップルを主人公に、それぞれのカップルの日々の喧嘩の様子を見せるドラマ「SCENE DE MENAGE」があります。カップルってこんなもんだよな、と現実を知る上でも参考になるし、面白い番組です。それに比べれば、日本にあるドラマやバラエティ番組は、交際が始まる前の物語か、もしくは子供ができたあとの家族の物語だけ。交際中のカップルの暮らしをメインに描いた物語がいかに少ないことか。もちろん、カップルを描いた物語が日本に全くないというわけではなくて、例えば「ふたりエッチ」というカップルのSEXをメインテーマにしたお化けマンガなどもあるにはあるのですが(ふたりエッチのマンガはフランスでも大人気です)、でもやはり、カップルを描いた物語の絶対数があからさまに少ない。

ふたりエッチ 67 (ジェッツコミックス)

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そういうわけで今後、恋愛中のカップルをめぐる物語が増えていけば自然とカップル文化が培われていくのではないかと僕は考えていて、その実例を示す目的もあって、このブログでは「惚気ばかり書くクソ、もげろ、死ね」などの罵詈雑言を浴びながらもカップルの生活について書き続けているわけです。

たかが個人ブログでさえ、惚気を書く前には「これから書くのは惚気になってしまうかもしれませんので、嫌な人は読まないでくださいね」という注意書きをするのがポピュラーになっている日本の現状がおかしいと僕は感じていて、交際開始や結婚への祝福の掛け声として「爆発しろ!」という言葉がポピュラーになっている現状が異常だと感じているのです。日本の常識、世界の非常識。もちろん、日本に住んで日本語を使っている以上、ある程度は日本の常識に合わせるべきだとは思いますが、日本がどこへ向かうべきかを想像した上で、現在の日本では非常識に見えることでも、近い将来の日本では常識になっていてほしい態度や方法を採るべきだと考えます。

結論

独り身を馬鹿にして差別するのも好きじゃないけれど、カップルを目の敵にして憎悪するのも好きじゃない。お互い文句を言い合うことなく、好きにやっていればいい。おひとりさまの文化とカップル文化は相容れないものではない。それぞれに矜持をもって、へりくだることなく自由にやればいい。

そういう意味で、冒頭に挙げた記事は、たしかに拙い部分があるとは思うけれど肯ける部分もあって、良い部分だけ拾って前向きに捉えればいいのではと思いました。でも、ネットでの反応を見ると、拙い部分だけ拾って文句をつける人があまりに多いなあと思ったので、この記事を書きました。

日本人男性にも良いところあるし、いけると思う。ただ、それでも諸外国に学ぶべきこともある。日本とか男性とかに限らず、なんでもそう。おひとりさまもカップルも、男でも女でもLGBTでも、前向きに日々改善を進めていけばいいんじゃないかと思う次第です。

参考

なお、冒頭記事を書いた学生ライターの雨宮さんは次のような補足を書いているので、一応リンクを貼っておきます。
寄稿した記事が炎上した。初めて炎上して思うこと - ドイツ発 雨宮の迷走ニュースコレが好きだからアレは嫌いという考え方は誰も幸せにしない - いつか終わるブログ
はてなブックマークのコメントは読む価値がない酷いものも多いので無視して構わないと思いますが、記事として共感や応援も含めて言及している次のようなエントリは、反応の一つとして読むとライターとして雨宮さんのためにもなるのではないかなと思いました。
親切な母親ほど子どもを駄目にする - mini mischief♭
「黙ってても、想いは伝わる」って人多すぎ。ちゃんと言葉で伝えろー!! - 友達は少ない方がいいんじゃない??
もしかしたら、俺、日本人じゃないかも? - ロゴスエモ
コレが好きだからアレは嫌いという考え方は誰も幸せにしない - いつか終わるブログ
恋は盲目 - バカは風邪をひく。
日本人女性が白人男性にモテる理由と、日本の男はモテない話。&どこの国ならモテるのか - F Lab.
せっかく多くの反応が得られたのだから、これを良いきっかけに、めげずに頑張ってほしいものです。

台湾ラーメンアメリカンて何!?言葉の争いが面白い名古屋めしを紹介します

このところ全国各地のご当地品を広める広報活動のお手伝いをしていて、日本には美味しいものや面白いものが沢山あるなあと感心する毎日だったのですが、その中でも今回は名古屋名物について、個人的に面白いと思ったことを紹介します。

名古屋名物

名古屋といえば、きしめん、味噌煮込みうどん、カレーうどん、あんかけスパゲティ、台湾ラーメンと、美味しい「麺類」のご当地名物食品が多いことで有名です。そして、「味噌煮込みうどんといえば山本屋」「カレーうどんといえば若鯱屋」というように、どの料理にも名古屋では知らぬ人のない有名なお店があるのですが、今ここに挙げた山本屋と若鯱屋には、お店の名前をめぐって、汁で麺を洗う言葉の争いをしていた過去があります。

味噌煮込みうどんの山本屋

味噌煮込みうどんのお店には、「山本屋総本家」「山本屋本店」というよく似た名前のお店があります。どちらも名古屋に拠点を置くこの二つ、実は全くの別会社で、似ている名前を使っている相手企業をどちらもライバル視しています。

山本屋総本家のHPには、味噌煮込みうどんを「名古屋名物にまで育て上げた山本屋総本家」という記述があり、元祖感をアピールしているように見えます。
一方、山本屋本店のHPには、味噌煮込みうどんの「専門店としての姿勢を貫き、より高品質で付加価値の高い商品」という記述があり、きしめんなど他メニューも置いてある総本家とはレベルが違いますよとアピールしているように見えます。

面白い。味噌でうどんを洗う山本屋の争い、めっちゃ面白い!

それぞれの特徴としては、このHPのアピール文が表している通り、「山本屋総本家」は昔から庶民に親しまれてきましたよというお店の展開をしているので、きしめんなど色んなメニューがあってお値段もリーズナブルなのに対して、「山本屋本店」は少しだけお値段が高いものの味とサービスの良さが評価されているようです。


いまや、どちらも愛知県内だけで10店舗以上を展開する超有名店。

そこへ最近、もう1つの「山本屋」が登場しています。それが、味噌煮込みうどんの山本屋大久手

大正14年に山本屋という名前をもらって創業したのがはじまりだとしている「山本屋総本家」に対抗しているのか、この「山本屋大久手」のHP沿革を見ると、同じく大正14年に創業した店主の親戚筋として何代もお店をやっていることが示されています。

もう、何が何やら。。。たかが店名だし、傍目には「どうでもいいよ、わかりやすく区別してくれない?」って思ってしまうんですが(笑)、それでもこんな風にやいのやいの言ってるのを知ってしまったら、ぜんぶの味噌煮込みうどんを食べ比べてみたくなってしまいます。
お店側にとってはそれが狙いなのでしょうから、どうでもいいと言いつつも完全にてのひらの上で転がされてしまっているのだと思いますが、なんだかんだで面白いから仕方がない。

しかし、それ以上に面白いのがカレーうどんです。

カレーうどんの若鯱屋

若鯱屋(わかしゃちや)といえば、全国に60店舗以上をチェーン展開する有名なカレーうどんのお店です。
若鯱家|ちゅるちゅる、うまうまでおなじみ、名物カレーうどんの「若鯱家」
一方で、かつて「若鯱屋 黒川本店」を名乗っていたにも関わらず、訴訟に敗れて現在では「本店鯱乃家」と屋号を変えたカレーうどん屋があります。

もちろん、どちらも名古屋市内に拠点を置く会社。

そう聞くと、この本店鯱乃家という店が後から若鯱屋を名乗ろうと便乗したのだろうと思うかもしれませんが、実は意外なことに「本店鯱乃家」の方が現在の「若鯱屋」より古くから若鯱屋を名乗ってカレーうどんを出していたそうです。

じゃあ、どういう経緯で「若鯱屋 黒川本店」は「本店鯱乃家」に名前を変えることになったのか、WIKIPEDIAにはこんな悲しい話が載っています。

若鯱屋の起源となる店舗は黒川(当時の黒川本店、現在は「本店鯱乃家」と屋号を変えて営業)にあり、繁盛店として知られるとともに名古屋一円のうどん屋の跡取りが修行する店としても有名であった。しかしブランド名の商標登録を行っていなかったことから、同店出身者の一人が「若鯱家」を商標登録し、本店とは無関係に当該名称で1988年頃から各地にチェーン展開を開始したものである。

なんと、かつて有名店だった「若鯱屋」の黒川本店で修業した弟子筋が、まだ商標登録されてないのをいいことに「若鯱屋」を商標登録してチェーン展開を開始。法的には先に登録した方に権利が与えられるため、訴訟に敗れた師匠筋にあたる「若鯱屋」の黒川本店は、「鯱乃家」への店名変更を余儀なくされたというのです。

本店鯱乃家さん、かわいそう…!

ただ、商号登録をして名前の権利も得た現在の若鯱屋の方は、どんどん店舗を増やしてカレーうどんファンを開拓しつづけているので、経営の才能があったのだろうとなとも思います。それはそれで一つの功績。

しかし、1人の消費者としては、やはり店の名前がどうこうなんて知ったこっちゃありません。気になるのは、どっちが美味しいのだろうかという、その一点!
実際にお店に行くのが一番だとは思いますが、監修したシリーズがあったり通販していたりするので、リンクを貼っておきます。

カレーでうどんを洗う鯱の争いですが、この古い若鯱たちの中に最近、新たな若鯱が登場して業界を騒がせています。その店の名は「鯱市」。
カレー煮込うどん「鯱市」

なんとこの鯱市、先に山本屋の争いでも登場した味噌煮込みうどんの老舗「山本屋本店」が、姉妹店として始めたカレー煮込うどん屋なのです!!!

こりゃあ確信犯ですわ。。。だって、名前に「鯱」を使う由縁が何もないし、あれだけライバルと競い合い誇りを持っていたハズの「山本屋」は使わないのかよ!っていう(笑)
もう、山本屋の争いで味を占めたのだろうと思われても仕方がない(笑)

とはいえ食べログでの鯱市の評価は3.5と若鯱家に勝るとも劣らぬ良い評判で、味を占めたのはお客の方だった様子。
鯱市さん、若鯱どころか古狸と呼ぶべきというか何というか、、、やりおる! 面白すぎる!

さて、名古屋めしとも呼ばれる名古屋名物の面白ネーミングは他にもあります。

面白い名前たち

味噌煮込みうどんの「ミッソ~ニ」、あんかけスパゲティの「からめ亭」など、動詞なのか助詞なのか分からないものが店名になっているところもあれば、あんかけスパゲティの店には「あんかけ屋」「あんかけ亭」「あんかけ太郎」という、何の捻りもないストレートな名前で消費者の混乱を争う味自慢たちがいます。

ど、どれにすればいいんだ…??? 
また全て食べ比べさせようという作戦か名古屋人め!!!

そんな名古屋にあって、店名や商品名で争うことなく平和に展開している奇跡の名古屋めしがあります。

それが、名古屋名物「台湾ラーメン」。
味仙本店 - 元祖名古屋名物台湾ラーメンの中国台湾料理店

なんか国とか地方とかの単位が逆になってるっていうか、ずいぶん無茶していませんかっていう感じがしてしまいますが、元々は中華料理店「味仙」を営む台湾出身の店主がまかない用に作っていた激辛ラーメンを台湾ラーメンとして店に出したところ好評で、その味に病みつきになった人が「私の店でもこの台湾ラーメンを作りたいんですが、いいですか?」と聞くと「いいよー」とあっさり承諾する味仙店主、という流れで台湾ラーメンを出す店が名古屋にどんどん増えていつしか名古屋名物になったのだとか。

そのため台湾に行ってもこの台湾ラーメンは存在せず、日本の味仙が起源になっている正真正銘の名古屋名物なのだそうです。

台湾ラーメンを他店が真似することに何のケチもつけない味仙の店主、名古屋名物として台湾ラーメンという名前と味を受け入れる名古屋人。
なんと良い話なのだろうと感動すると同時に、山本屋の争い・鯱の争いのエピソードを思い起こして、そのギャップに思わず笑ってしまいます。面白いよ名古屋!

さて、その台湾ラーメンの味仙に僕も行ったことがあるのですが、メニューはこんな感じでした。
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そこでビックリしたのは、台湾ラーメン(アメリカン)という商品。

名古屋名物の台湾ラーメンのアメリカン。

名古屋名物、台湾ラーメン、アメリカン。

…グローバル化しすぎ!(笑)
麺に国境線を練り込んでるんですか、っていうくらいメルカトル図法を無視したネーミングに爆笑。

いちおう後で調べて分かったネーミングの理由なのですが、台湾ラーメンは大量の唐辛子を使った激辛味で、その辛さを薄く抑えたマイルド版をアメリカンと呼んでいるのだそうです。薄くマイルドに抑えたものをアメリカンと呼ぶ語法はアメリカンコーヒーから来た和製英語なのですが、それを台湾ラーメンに応用してしまうとは、恐ろしき言葉のセンス!

名古屋名物の言葉の争い、面白すぎますてー。

ちなみに、この記事を書いたきっかけは、最近こちらの記事を読んだからです。
bakazee.hatenablog.com
watto.hatenablog.com

たしかに関東には、台湾ラーメンを知らない人も多いですよね。
でも僕、こないだセブンイレブンのご当地ラーメンシリーズで台湾ラーメンを見ましたし、今日は台湾ラーメンのカップ麺が売られているのを見たんです!
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この夏、もしかして、全国的に台湾ラーメンのブームが来るんじゃないでしょうか。
暑い夏に激辛の台湾ラーメンブーム、来そうだよなあ。。
コンビニで売られているチルドタイプやカップ麺タイプもいいですが、一応、味仙が出してる本商品もリンク貼っておきますね。

おまけ

ちなみに、僕が数年前まで住んでいた東京の田無市にも、おかしなネーミングのお店がありました。
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「PARIS吉祥寺本店」

東京に詳しくない方のためにも説明しておくと、吉祥寺というのは東京都武蔵野市の中にある地名です。東京都田無市とは無関係です。

「PARIS吉祥寺本店」

この店は、田無という洒落っ気のない街に現れたパリだと言いたいのか。それとも、東京でも比較的お洒落感のある吉祥寺だと言いたいのか。それにしても本店とはいったい何を意味するのか。

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田無市にあるPARIS吉祥寺本店は閉店してしまったため、謎は謎のまま、僕らは田無をあとにしたのでした。

恋人を手に入れるため盗撮、秘密暴露、自殺脅迫、殺人を行うイカれたゲーム

ヤンデレ

恋の中には、苦しいほど好きという心情があるようです。
その苦しさが病的になり、好きという執着の度合いが異常になった人を「ヤンデレ」と呼びます。
「病み」と「デレ」の合成語。

そんなヤンデレの極致を体験できる「ヤンデレシミュレーター」をご存知でしょうか。

「あのひとは私のすべて。あの人を手に入れるためなら何でもできる」という主人公の独白で始まるこのゲームでは、ときには盗撮をして、ときには秘密暴露や自殺脅迫をして、それでも邪魔する者は殺してしまうことで、恋するあのひとを手に入れます。。。って、設定がおかしすぎる!(笑)

YANDERE simulator

https://yanderedev.wordpress.com/
カリフォルニア在住のyanderedevが開発中のインディーズゲームで、まだ日本語版もないのであまり知られていないようですが、かなり面白いです。
ヤンデレを体験するという奇抜な設定もそうなのですが、日本アニメ好きのアメリカ人が作ったからこそ見られる面白ポイントが随所にあって、盗撮や殺人などの恐ろしいヤンデレ行為とのギャップに思わず笑ってしまいます。

現在、開発者自身が「完成まで時間とお金がかかりすぎる」と病み状態になってきているそうで、キックスターターでのクラウドファンディングを行うかどうかなども悩んでいるようです。

かなりイカれてはいますが面白いゲームだったので、もっと認知度が高くなって資金調達も上手くいって完成まで漕ぎつけてほしい!

「もし身近にヤンデレがいたら、もしヤンデレに狙われてしまったら」という目線でプレイすれば学びがあるかもしれないですし…って、そんなヤンデレと関わり合いになる機会は滅多にないとは思うのだけれど(笑) 

とはいえ、社会や人間を未来へ導くための優しくも厳しい名言の数々で人気を博しているはてな神xevraさんが言うには、はてなブログやはてなブックマークを利用している人には精神状態が芳しくないためにヤンデレ化する人も多いとのことなので、はてなサービスの利用者は、もしもの事態に備えてこのゲームでヤンデレのシミュレーションをしておくのも良いのではないでしょうか。

ヤンデレの世界をのぞいてみる

ちなみに僕がこのゲームを知ったのは、同棲中の彼女が教えてくれたことがきっかけでした。
彼女がyoutubeでプレイ動画を見て「このゲーム面白いよ!」と言うから見たのですが、英語字幕しかないゲームなので日本人にはなかなか大変なところがありますが、面白そうだなと思った人は、ぜひDownloads | Game Development Blog
からダウンロードして、ヤンデレの世界をのぞいてみてください。

「なにこれ気持ち悪い!」と笑ったあとは、ヤンデレさんとは絶対に関わり合いを持たないようにしよう、という決意が生まれるハズです…!

はてなブログではGoogle Adsenseに審査申請できないので注意

はてなブログでは、Google Adsenseに登録できないようです。

僕がこのブログ自体を開設したのは数年前なのですが、ブログでマネタイズどうこうというのが胡散臭くて好きではなかったため、特に何もしていませんでした。

とはいえ、はてなブログPROで利用しているために毎月お金がかかっていたので、このたびGoogle Adsenseを利用してみようと思って準備を始めたのです。

それで分かったのですが、2016年3月頃からGoogleアドセンスの審査では「サブドメイン」のURLは申請できなくなったようなのです。

はてなブログの利用者はすべてサブドメインなので、今後、はてなブログを使って新規に Google Adsense に審査申請することはできなくなった、ということです。

参考:サブドメインとは
このブログのURLは「rlee1984.hatenablog.com」です。このうち大元のドメインが「hatenablog.com」で、サブドメインとして
「rlee1984」を使っています。

実際に、広告掲載先のURLとして申請する箇所にこのブログのURL http://rlee1984.hatenablog.com を記入してみると、次のエラーメッセージが出ます。

URL にはパス(example.com/path)やサブドメイン(subdomain.example.com)を使用できません。

このエラーメッセージを見たときは、「じゃあ独自ドメインを作れってことね、了解、了解。はてなブログPROにしている人は独自ドメインが使えるハズだから問題ないよね」と思って独自ドメインの設定をしようとしたのですが、はてなブログで独自ドメインを利用する際には、その仕組み上、やはりサブドメインを設定しないといけないようです。

はてなブログを独自ドメインで利用する - はてなブログ ヘルプ

はてなブログでは、サブドメインを使用しないexample.comでブログを運用すると、ドメイン名の仕組み上、トラブルの原因になることがあります(注1)。取得したドメインの前に、必ずサブドメイン(blogやwwwなど)を付加してください。

(注1)はてなブログの独自ドメインは、説明にあるようにCNAMEで指定します。ドメイン名の仕組みにより、ドメイン登録事業者で取得したままの「example.com」といったネイキッドドメイン(サブドメインが付かない素のドメイン)はCNAMEにできません。はてなブログで使用する独自ドメインには、必ずサブドメインをつけてください。

今後、新たにGoogle Adsenseに審査申請しようかと迷っている人に向けて、はてなブログではたとえ有料プランを使っていても申請は難しいですよ、という記事でした。

「性欲」の対義語を考える

人間には、性欲があるそうです。
ここで僕は、1人の人間です。
それゆえ僕には、性欲があります。

今のところ僕は毎日、性欲の訪れを実感しています。
気象庁が観測する雨雲の訪れよりも確かな精度で、僕は性欲の訪れを実感できます。

とはいえ、すべての人間が僕と同じように性欲を実感しているわけではないと思います。
程度の差もあるでしょうし、頻度の差もあるでしょう。

中には、性欲がない人間もいるそうです。あせくしゃる。
ここで僕は、1人の人間です。
それゆえ僕にも、性欲がないかもしれません。

だがしかし、今のところ僕は毎日、性欲の訪れを実感しているのです。
国税庁が調査する確定申告書類よりも確かな精度で、僕は性欲の訪れを実感できます。

今日も性欲の訪れを実感したため、普段から考えていた「性欲の対義語」について書きます。

利己的遺伝子

性欲について、僕はリチャード・ドーキンスの『利己的遺伝子』を元に考えています。
つまり、生物的な遺伝子(ジーン;gene)を次世代に残すことを目的として、個体としての僕は性欲を実感しているのだろうと思っています。

ここでドーキンスは、文化的な意伝子(ミーム;meme)という概念を作っています。

ジーン(生物的遺伝子)が、性交渉によって性器を介してコピーされ移り行く生物情報の単位であるのに対して、ミーム(文化的意伝子)は、コミュニケーションによって脳を介してコピーされ移り行く文化情報の単位です。
ミーム(文化的意伝子)の例として、メロディやキャッチフレーズ、服の流行、橋の作り方などが挙げられています。

ジーンとミーム

僕は、ドーキンスが考えた二つの概念を、次のように捉え直しています。

ジーン(生物的遺伝子)は、子供を作りたい、セックスしたいという欲求を抱かせる。
ミーム(文化的意伝子)は、他人に伝えたい、影響を与えたいという欲求を抱かせる。

もう少し言い換えて、子供を作りたいという欲求がジーンによるもの、子供を育てたいという欲求がミームによるもの、という風に考えることもできると思っています。育てるということは、自分の文化的要素を次世代に引き継がせることに他ならないからです。
ヒトという種は、生物には珍しく閉経しても生き長らえます。これは、次世代を育てるためではないか、という仮説があります。
男が産休・育休を取れない本当の原因 - デマこい!
ここから、ヒトが、育てたいという欲求を生まれつき備えているのではないかという仮説を導くことができます。

性欲の対義語

つまり僕は、「性欲」の対義語を「影響欲」だと考えています。
そして、性欲の発露としてのセックスにも「ハグ-キス-オーラルセックス」など様々な段階があるように、影響欲の発露としての育成にも「伝える-教える-育てる」などの段階があり、それぞれに快を感じる性質が人間にはあるのではないか、と思っています。

なお、それぞれの欲求はその発現までに複雑な経路をたどるため、その発露が本来的ではない場合もあります。
たとえば現代の日本では、本来的には子供を作ることが目的であるハズの性欲が、自慰やコンドームやピルにより目的を阻害された形で発露されるのが通常です。それと同様に、本来的には未来へ伝えることが目的であるハズの影響欲が、支配欲や権力欲のように望ましくない形で発露されることも多々あるでしょう。

とはいえ欲求自体はシンプルで、次の二つが基本として人間にプリセットされていると考えると、いろんな物事を見るときにスッキリして良いと思っています。

こどもを作りたい、だれかとSEXしたい。ジーンの賜物としての性欲。
こどもを育てたい、だれかに伝えたい。ミームの賜物としての影響欲。

そういうわけで、この記事は、影響欲の訪れを実感しながら書かれました。
みなさんにも、この文字列は訪れましたか。

美人は三日で飽きるというのは本当か

美人は三日で飽きる、ブスは三日で慣れる。
容姿をあまり気にしない僕ですが、この言葉については「そうかな?」と思う部分と、「たしかにね」と思う部分があります。

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美人でも飽きない

僕には、交際5年目になる同棲相手がいます。
僕は個人的に、彼女のことを美人だと思っています。
なお、自分のパートナーに対して客観的な評価をするのは難しいので、その点については一旦置いておきます。
また、彼女はフランス人なので一般的な日本人の容姿とは異なる方だと思うのですが、その点についても一旦置いておきます。
その上で、僕は今のところ彼女の美しさに飽きていませんし、飽きる予定もありません。
美人でも、飽きない。

もちろん、24時間ずっと彼女の容姿に注目しているわけではないので、ずっと綺麗だなと感動しつづけているわけではありませんが、たとえば彼女がテレビを見ているときの横顔だったり、めずらしくメイクをした姿を見せてきたときだったり、いつもと違う髪型にしていることに気付いたり、何かの拍子に綺麗だなとか美しいなとか感じます。その感覚は、「わかっていたけどやっぱり美しかった」というか、「あっ、また再発見してしまった」みたいな感じです。

美人でも飽きる

その一方。
テレビや雑誌で活躍している女性がいます。
世間一般的に、彼女達は美人なのだと思います。
なお、僕自身としてもテレビや雑誌などで見かける女性については、美人だなと思っています。
また、こうした美しい異性を見ていると、なんらかの化学物質が脳内で出ているのだろうと思う時間もありました。
その上で、僕は現在の彼女と交際を始めてから、こうした美人の方に対しては、少し飽きてしまいました。
美人でも、飽きる。

たとえば、僕が彼女と交際を始める前には、トリンドル玲奈さんをテレビや雑誌などで見かけたときには「可愛いな」と思って見ていたのですが、現在の彼女が同じ白人だからでしょうか、トリンドル玲奈さんの容姿を見ても以前ほど可愛いとは思わないようになったというか、むしろ「自分の彼女の方がずっと可愛いし自分は素敵な女性を見つけたものだ」と思うようになりました。

他人の見た目を判断する基準

僕の場合の経験をまとめます。
一般的に言われる美人に対しては、飽きることがある。個人的に美人だと思うひとに対しては、(よほどのことがない限りは)飽きない。

きっと、人間は純粋に容姿だけを見ているのではなくて、個人的な関係も含めて他者の容姿を評価するようにできているからだと想像します。

そもそも、「どんな容姿の女性が好まれる美人なのか」について絶対的な基準はありません。太っている方が美しいと考えるモーリタニアと痩せている方が美しいと考える日本では相当に異なるし、同じ日本の中でも、歯は黒い方が美しいと考えていた以前と白い方が美しいと考える現在では相当に違っています。そのことから、どんな容姿が良いかの判断については、先天的(遺伝的)な要素より後天的(文化的)な要素の方が大きいことが予想されます。

参考:女性をどこで選ぶかについての国際比較
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だとすれば、先天的な要素として自分が生まれ持った容姿について、世間一般からの「美人かブスか」の評価を気にしすぎるよりは、自分が好きな相手から個人的に「美人だ(格好良い)」と思ってもらえるように個人的な関係を築くことの方がよっぽど重要だと思うのです。

見た目への評価の乖離

上記について、なぜかインターネット上では、「ただしイケメンに限る」のような「容姿についての絶対的で客観的な基準があり、その重要性は絶対だ」と言わんばかりの言説があふれています。おそらく、個人的な関係を結ぶことで他者の容姿を評価する基準が変わった、または、世間一般の評価とは乖離した評価を自分がくだしていると思った、という経験を持つひとがインターネット上に言葉を発する機会が少ないからだと思うのですが、どうでしょうか。

自分のパートナーは世界でいちばん美しいし、自分の子どもは世界でいちばん可愛い。
僕と同じように、そのような感覚を持っている人はけっこう多いと思うので、こうした見解がもっと広まってほしいなと思うばかりです。

ちなみに僕の場合、普段は下ろしているロングヘアーを頭の後ろでまとめて耳が見えるようにしているときの彼女の姿が好きなようで、彼女は僕の注意を惹いて「綺麗だ」と言わせたいときにその髪型にしているみたいです。僕は他人の容姿について割と無頓着な方なので、彼女の髪型がどうとかは全く気付いていなくて、ふとした瞬間に彼女の美しさを再発見して、つい「綺麗だね」と伝えてしまったところ、「言うと思った(笑) この髪型にしたら、そっちはいつもそう言うね」とバカにされて、自分の嗜好に気が付いたのでした。その次からは、綺麗だと思っても言わないようにしようとしたのですが、僕が「あっ」と再発見したときの瞳の動きを彼女は覚えているようで、僕の眼を覗き込んで「いま、何か言いたいことある? 言いたいことがあれば言っていいよ(笑)」と言われてしまいます。むかつく!

美人は三日で飽きるのか、アンケート結果

マイナビニュースサイトでのアンケート調査によれば、次のような結果になっているようです。

Q. 美人は3日で飽きるといいますが、それって本当だと思いますか?
はい……11.7%(117人)
いいえ……88.3%(883人)
*1
美人は3日で飽きるってホント? - ライブドアニュース

女性のどこで美しさを決めるのか

また上記の参考画像に示したように、「ネプ&イモトの世界番付」というテレビ番組*2によれば、「女性をどこで選ぶ?」というアンケート調査を番組が行った結果として、世界各国の「お尻、胸、脚、顔、その他」の各パーツへの割合は次のようになったとしています。再掲。
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それぞれの国の特徴を見ていきます。
フィリピンでは、顔が重視されているようです。
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スペインでは、胸が重視されているようです。
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ブラジルでは、尻が重視されているようです。
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ロシアでは、各パーツがまんべんなく重視されているようです。
他国と比較すると、脚への重要性が相対的に高いことがうかがえます。
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日本では、フィリピンほどではないにせよ、顔が重視されているようです。
とはいえ他国と比較すると、けっこう「顔!」な国であることがうかがえます。
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みなさんは、重視されていますか?

なお、このアンケートは対象48か国への質問の言葉や質問の方法や質問の対象者が明確にされておらず、TVショーとして分かりやすい対立を演出するための操作が行われた結果になっている可能性もありますが、それでも「容姿がすべて!とくに顔がすべて!人間は顔で人生が決まる!」というように思い込んでいる一部の日本人の顔に冷や水をぶっかけてやる意味では、有用なのではないかと思います。

ちなみに現在の日本では、異性の容姿に関して言葉を発するのは注意が必要なようです。
 参考:ブスはなぜ結婚できるの? - 散るろぐ
 参考:http://b.hatena.ne.jp/entry/cild.hatenablog.com/entry/2016/06/10/082755
クジャクが羽の美しさを重視しているように、人間の性淘汰においても「容姿」の重要性が高いためにセンシティブな話題になっているのだと思います。本記事では、そういう細かなことはあまり気にせずに書いたのですが、いかがでしょうか。

みなさんも、性淘汰していますか?

*1:調査期間: 2012/8/7~2012/8/11 アンケート対象:マイナビニュース会員 有効回答数:1,000件

*2:2012年05月18日に放送分

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